そのとき(わたしの)歴史が動いた 城戸川りょう
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自分史を変える一冊

ある本を読んで、自分の歴史ががらりと変わることがある。過去の経験への意味付けすら変えてしまう強烈な一冊。この本に出会わなかった方が人生ラクだったのでは、とすら思わせる経験が確かに存在する。
私の歴史を揺り動かした本の名前は、『いなくなった私へ』。大学の卒業間際に偶然手に取り、爽やかな読み心地に惹かれて一気読みした。充足感に包まれながら何気なく奥付を見ると、作者プロフィールが目に入った。
「辻堂ゆめ 1992年生まれ。2015年3月、東京大学法学部卒業見込み」
この人、同い年の同窓生? マジ?
その瞬間に頭をよぎったのは後悔だった。大の本好きなのに、どうして自分で小説を書こうと思わなかったのだろう。何とか就活を終えて、晴れやかに終わったはずの大学生活は「小説を書けたかもしれないのに、書こうとすらしなかった四年間」へと一瞬で姿を変えた。この夢を追えば良かった、というどうしようもない後悔だった。
項垂れる間にも、時は進んでいく。スーツとネクタイで武装し、毎日朝から晩まで営業回りをする日々が始まった。ピカピカだったはずの革靴の底と一緒に、小説を書きたいという気持ちは日に日に磨り減ってしまっていた。
小説を書くことに挫折したのは、実はこれが初めてではない。
幼少期から家族でお出かけしたら「本屋に行きたい!」と駄々を捏ね、珍しいポケモンカードと引き換えに友人たちの読書感想文の代筆をしていたくらいの本好き・書き物好きの子どもが小説を書いてみようと思うのは自然な流れだった。
当時、青い鳥文庫の「名探偵夢水清志郎事件ノート」にハマっていて、特に主人公たちが通う学校で事件が起きる話が大好きだった。自分の小学校を舞台にとにかくかっこいいものを書きたいと思い、『キャビア探偵りょうの事件簿』を勝手に連載していたのだが(なぜか当時、この世で一番かっこいいものは探偵とキャビアであると信じ切っていた)、部活と勉強の忙しさに追われ、自然消滅してしまっていた。充実した日々だったが、書きかけの原稿用紙をゴミ箱に入れた時の音だけはしばらく耳に残った。
会社に入ってからの生活も確かに充実していたと言える。やりがいもあったし、成長実感もあった。インドでブチギレた商談相手から切腹を命じられたりするスリリングな日々は、控えめに言って最高に面白かった。
それでも、何かが満たされない。俺の人生、本当にこれでいいんだっけ。そう思った時に自然と浮かんできたのが、卒業直前に抱いた後悔だった。このままでは自分史の締め括りは「結局、小説を書かなかった人生」になってしまう。今度こそと思い、三度目の筆を取った。
夢水清志郎と辻堂ゆめさん。二人とも名前に「ゆめ」の字が入っている。次は、自分の小説で誰かの夢を揺さぶっていきたい。多くの人の自分史に残る物語を書くことが、今の私の夢だ。ゆめゆめ後悔などしないよう、今日もキーボードを叩いている。
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城戸川りょう(きどかわ・りょう)
1992年、山形県生まれ。作家。東京大学経済学部卒業。商社勤務。デビュー作の『高宮麻綾の引継書』が話題沸騰中。


