そのとき(わたしの)歴史が動いた SHUN

「小説新潮」発 あの人のとっておき

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キティの行方

 約二十年前、歌舞伎町のホストになったばかりの私は、好青年という言葉がぴしゃりと似合う若い社長に真新しいホストクラブの片隅で声を潜めるように聞いた「僕にお店やらせてくれませんか? 下の階の箱って今使ってないですよね?」。好青年社長は真剣な眼差しで潤った唇をさっさと開く「いーけど、お前、三ヶ月でNo.1獲れよ。まわり納得させないと」。こうして、売り上げはほぼ0だった私は、明確で無謀な目標を手に入れた。無理して買った秋刀魚色のスーツを羽織り、明確な目標を胸に出勤するようになった。とある日、路地裏で巨大なキティちゃんの着ぐるみを着た女の子と出逢った。「君よくこの道でキャッチしてるよね」「はい」「つーか、営業中じゃん。売れてないのね君。まあ顔は悪くないかな。どこの店?」「あそこです」「いくら?」「初回3000円です」「初回めんどいから指名するよ」「まぢすか、ありがとうございます」。そのまま巨大キティを店に案内した。彼女は焼酎のボトルをおろし、ジャスミン茶割りを数杯飲んで、三万円ほどの料金を払った。「今日はまぢありがとう、連絡先教えてよ」「いいよー」「会いたくなったらどうすればいい?」「路地裏のマンションの101だから、適当にきなよ」。

 キティに指名を貰ってから私には不思議とお客様がつくようになり、少しずつ売り上げを伸ばしていったが、到底No.1の数字には及ばなかった。三ヶ月目に突入し、目が血走っている私はキティの自宅を訪ねた。「誰?」青白い顔をして、着ぐるみではない普通の服を着た彼女が顔を半分出す。「俺」やや上擦った声で二音発した。「入りなよ」。狭いワンルームは綺麗に整頓されていた。私は丁寧に近況を話し、三ヶ月のラストに美しい造形の飾りボトルをおろして欲しいと強気にねだる。「いいよーひまだし。いくら?」「数百万になると思う」「売掛だけどいい?」「ありがとう。前入金いくらできる?」「そういうのだるい」「入金日は、来月の四日ね」「へーい」。びっくりするぐらい簡単に了承した私服のキティと締日にどかんとやる約束をして、特に盛り上がらないベッドで昼を迎えた。締日に彼女を迎えにゆき、戦場へ向かう。ラストオーダーで、フランス皇帝の名を冠したブランデーを二本おろし、私はTAX込みで三〇五万八〇〇〇円の伝票と三万円が挟まれたホルダーを脇に抱えながら、無事にラストソングを汗だくで歌った。帰り際、泥酔したキティは私の頭をポンポンと軽く叩き、仕事があると言い、どこかへ消えていった。数時間後、なにか胸騒ぎがしてキティに電話をしたが、全く出ない。家へゆき、101のインターホンを押すが何の反応もない。そして何も無かったかのように四日の入金日に巨大キティは現れなかった。すべて偽造で、そんな人間は存在しなかった。悪びれた顔をおくびにもださない、優しい笑顔の女が平気で裏切る。そんな街の洗礼はとんでもない額の青伝票となって私の身体を洗った。数日後、虚構のNo.1、代表(仮)として新店舗で偉そうにミーティングをする「俺と歴史を動かそうぜ」。胸ポケットにある全財産の小銭がジャリンと鳴いた。

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SHUN(しゅん)
1987年東京都生まれ。ホスト、寿司屋「へいらっしゃい」大将、歌人。2024年に『歌集 月は綺麗で死んでもいいわ』を刊行。