あのとき聴いた音楽 生湯葉シホ

「小説新潮」発 あの人のとっておき

更新

忘れえぬ音漏れ

 比喩ではなく、音楽に救われてきた人生だったと思う。それも、傷ついた気持ちを回復させるために音楽があったというのではなくて、子どもだった私がなにかをほんとうに感じはじめるよりも早く、心の最下部には音楽が降り積もっていた。ここでいう音楽とは母の運転する車のステレオから流れてきたJ-POPのことだ。J-POPの歌詞を認識して以降の気持ちしか私は覚えていないから、あのカーステレオの記憶から自分の人生ははじまっているのだと思う。22歳の秋、受け入れがたいほどのつらさを生まれてはじめて味わったときも、「ああ、これが『サウダージ』で予習していた気持ちか」と納得したのを覚えている。いつも歌詞が先で、気持ちが後だった。
 だから音楽にまつわる忘れがたい記憶はいくつもあるけれど、なにかを思い起こそうとするとき、まっさきに蘇るのは大学受験の日のことだ。
 芸術系の学部だったから学力検査とは別にいくつかの試験があって、その日は作文試験の日だった。開始の10分ほど前に教室に入ると、もうほとんどの受験生がそろっていた。多くの人たちが本を読んだり手元の筆記具に不足がないかを確かめたりしているなかで、教室の後方にひとり、黒いダウンジャケットを頭からすっぽりと被って机に突っ伏している人がいた。周囲の情報をシャットアウトして集中するタイプの人だったのだろう。机に貼られた受験番号を頼りに自分の席を探すと、それは偶然にもダウンジャケットの彼の右隣だった。
 落ち着かない気持ちで時間を潰していると、左からシャカシャカと小刻みな音が聴こえてくる。はじめは筆記具の音だと思ったけれど、耳を澄ませばそれはipodからの音漏れなのだった。左隣の席をよく見ると、ダウンジャケットの下から白いイヤホンのコードが伸びてズボンのポケットまで続いている。なに聴いてるんだろう、とすこしだけ体を左に寄せてみると、〈積み上げたものぶっ壊して〉、あの聞き覚えのあるフレーズが耳に入ってきた。
 2月のはじめのいちばん寒い時期だったから、教室は受験生たちのために充分に暖められていた。古い暖房器具がガコンガコンと音を立てるたびに音漏れは聴こえたり聴こえなくなったりしたけれど、サビのあの気持ちよく上昇するメロディラインだけはしっかり耳に届いたから、その曲が何度もリピート再生されているのが私にはわかった。彼は試験がはじまるまでのあいだ、ずっと『全力少年』を聴いていた。
 被っていたダウンジャケットを脱いだその人がどんな人だったのか、あろうことか私は覚えていない。だから、彼が試験にぶじ合格し、入学後に再会を果たせたのかどうかもわからない。けれど自分にはあの日の朝に左耳から飛び込んできた〈積み上げたものぶっ壊して〉が妙に忘れがたく、それからずっと、どうしようもなく緊張する日にはあのフレーズを口ずさむようになった。自分の頭のなかではいまもあの音漏れが聴こえている、というと噓になるけれど、そうやって降り積もったフレーズの断片が自分の心を形づくったような気はしている。

 

*****

生湯葉シホ(なまゆば・しほ)
1992年生まれ、東京在住。フリーランスのライターとして、Web・雑誌を中心にエッセイや取材記事を寄稿している。2025年5月にエッセイ集『音を立ててゆで卵を割れなかった』(アノニマ・スタジオ)を刊行。