あのとき聴いた音楽 浅井晶子
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山道のグレゴリオ聖歌

ドイツ語圏文学の翻訳者のくせに、どういうわけかユーラシア大陸最西端の小国ポルトガルの、そのまた山奥の辺鄙な場所で暮らしている。我が家は古い農家で、敷地には代々の住人たちが丹精してきたブドウとオリーブの木々があり、村の住民アントニオの指揮のもと、九月にはブドウを、十一月にはオリーブを収穫する。
昨年のオリーブ収穫後のことだ。普段、摘んだオリーブと、手伝ってくれた村人たち、ついてきた犬たちを軽トラックで村へ連れ帰るマリオが、その日はいなかった。そこで私が我が家のSUVで彼らを村まで送っていくことになった。トランクにオリーブが詰まった袋が、助手席にアントニオが、後部座席に助っ人のアリーリオが収まり、犬たちは勝手に帰るからと放置して、いざ出発。村までは山道を歩けば一キロだが、車道を使うと四キロほど、十分間のドライブだ。
発車と同時に、CDプレイヤーから私の好きなジャズ・バイオリニスト、ステファン・グラッペリの一九三〇年代の演奏が流れ出した。夫がジャズが苦手なので、私ひとりで運転するときに、ここぞとばかりにかけている。労働の後の緩んだ車内の空気がにわかに緊張を帯びる気配があった。軽快なバイオリンの音色が、なんとも場違いな気がする。
なぜか気まずさを感じて、私は即座にラジオに切り替えた。ファドでも民謡でも、とにかくポルトガルの音楽ならいい。願わくばニュースか天気予報。ところが、チャンネルは夫が最後に聴いていたらしいクラシック専門の局に合わせてあり、流れてきたのはグレゴリオ聖歌だった。低い男声で紡がれる静謐にして荘厳な旋律が車内に響き渡る。押し黙ったままの村人ふたり。ジャズよりはるかにまずい。チャンネルを変えようか、でも変えてもっとまずいことになったら……迷っているうちにタイミングを逃し、結局私たちは村までの十分間、晩秋ののどかな山の風景のなか、グレゴリオ聖歌を聴きながら無言でドライブしたのであった。
村に入って、狭い石畳を通り抜けると、同乗者ふたりは突如息を吹き返した。グレゴリオ聖歌にかぶせるように「あっちの壁沿いに停めろ」と私にてきぱき指示を出し、停車して音楽がやむと、「ワインを飲んでいけ」と勧めてくれた。
まだ運転するから、とワインを断って、今度は堂々とグラッペリをかけながら、私は家に帰った。「でも、どんな音楽ならよかったんだろう」と、改めて考えながら。
アントニオとアリーリオがどんな音楽を好むか、私は知らない。村祭りのときにポルトガル独特の抒情的な音楽に合わせて踊っているからといって、それしか聴かないだろうと考えるのは偏見というものだ。家で聴くのはモーツァルトかもしれないし、ボブ・ディランかもしれない。気まずい沈黙だと私は思ったが、単にふたりとも音楽に聴き入っていただけだったとしたら。
次回があれば、強気でグラッペリをかけ続け、「この曲いいよね?」と攻めの姿勢で行きたい。
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浅井晶子(あさい・しょうこ)
1973年大阪府生まれ。翻訳家。訳書にローベルト・ゼーターラー『名前のないカフェ』など多数。近刊にエッセイ『ポルトガル限界集落日記』がある。


