もういちど会いたい 天沢時生
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最近何聴いてる?

学生時代からサブカルかぶれで、実家暮らしなのをいいことに、バイト代のほぼ全部を音楽に注ぎ込んでいた。給料日の後の週末は空のリュックで中古レコード屋を巡り、ぱんぱんにして帰った。
好きが高じて地元のCD屋で働き始めた。中島さんは四つ年上の先輩で、一人称は「中島」。「棚出しは中島がやっとくで、あんたはレジ締めやり」と喋る。在庫チェックで洋楽ポップ棚とにらめっこする僕に「それワールドミュージックな」とさらっと教えてくれる。
ドイツワールドカップの頃、夜ごと彼女の部屋で試合観戦して距離が縮まった。翌月のフジロックで木村充揮のステージを見て、僕はなぜかぼろ泣きしてしまい、隣を見ると中島さんもバチ泣いていた。帰りの高速で彼女がかけたサニーデイ・サービスの「万華鏡」と、トンネル明けの街灯の煌めきが同期する。直後に僕は分岐を間違える。高速を下りる。知らない街の暗い道の脇で提灯を掲げる、幻みたいなラーメン屋台に立ち寄る。食後に中島さんが言う、こっからは郁子が運転するわ。一人称がラストネームからファーストネームに変わっただけで軽く失望してしまうくらいには、僕は若かった。
二年近く付き合ったけれど、後半はいがみ合いばかりだった。彼女が新しい職場の男性と食事に行ったと知り、僕も新しいバイト先で同じことをした。互いの好きな音楽を腐し合った。テレビ出演したエリオット・スミスを「態度が悪い」と彼女が腐したのは僕が彼のファンだからで、僕がカクテルズを腐したのも同じ理由だった。
ある晩、ライブを観に行った。地元のライブハウスで、中島さんの父親率いる親父バンドが出た。打ち上げの席で、酔った中島父が言った。
「最近、ボン・ジョヴィにハマってんねん。ボン・ジョヴィかっこええなあ」
はっとして、隣を見ると彼女も僕と同じ顔をしていた。中島父は若い頃ヒッピーで、庭で大麻を育てていた。片やボン・ジョヴィは産業ロックの権化で、サブカル的には相容れない。なのに「かっこええ」と率直に言える、その自由さを僕たちは眩しいと思った。顔を見合わせて笑った。
打ち上げ後、二人で車に乗って少し走った。車内に音楽は流れていなかった。どちらからともなく切り出して、僕たちは別れた。表向きの解散理由は「音楽性の違い」だった。
別れた後、一度だけ彼女から連絡があった。私物のCDを探してる、以前僕に貸した覚えがある。少し考えたが結局、「探してみたけどなさそう」と探しもせずに返信した。
いまはそこそこの年齢になったが、相変わらず僕はボン・ジョヴィなんて興味がない。たぶん一生ハマらないだろう。彼女がどうしているか何も知らないが、再会が叶うなら聞いてみたいことがある。最近何聴いてる?
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天沢時生(あまさわ・ときお)
滋賀県近江八幡市安土町出身。二〇一八年「ラゴス生体都市」で第2回ゲンロンSF新人賞、一九年「サンギータ」で第10回創元SF短編賞を受賞。最新刊は『キックス』(集英社)。


