あのとき聴いた音楽 川井俊夫

「小説新潮」発 あの人のとっておき

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子供たちへ

『お父さんの職業はなんですか?』

 小学六年生の娘がそんなアンケートを持って帰ってくる。なんかの課題か宿題みたいなもんだろう。今どきデリカシーに欠けるクソな課題だ。親がいない奴や、いても無職だったり刑務所の中だったり、貧乏人の子はどうすりゃいい? だが俺には社会や教育システムに文句を言う趣味はない。俺以外のやつが勝手にやってることだ。どうでもいい。俺の職業だって? 売れない小説家兼古道具屋だ。

『そのお仕事をしていてやりがいを感じるのはどんなときですか?』

 そんなものはない。俺は一人でやれる仕事しかできない。偏屈で自分勝手なクソ野郎だからだ。古道具屋の方は買い取りが専門だ。相手は死にかけの年寄りか既に死んだ誰かだし、金を払うのは俺の方だから客に頭を下げてなにかを頼む必要もない。仕事の依頼が全然ないから店にいる時間は小説を書いてる。二十年書き続けて数冊しか
本になってないし、それもまったく売れない。妻の父親が医者じゃなかったら俺はとっくに破滅して死んでる。

『そのお仕事をしていて大変だと思うのはどんなときですか?』

 古道具屋は泥棒みたいな稼業だ。誰かから何をいくらで買い取っても相手は必ず騙された、安く買い叩かれた、泥棒されたと感じるもんだ。老人や死体の身包みを剝いで端金を置いていくだけの泥棒野郎。常にそう思われてる。べつに大変ってわけじゃないがムカつくよ。だが小説家はもっと悲惨だ。身内や親しい人間のことを面白おかしくネタにして小銭稼ぎをしてる大噓吐きのクズだ。小説のネタにされた奴は怒り狂って二度と俺に近付かない。

『今回おうちの方からお仕事の話を聴いてどのように感じましたか?』

 こいつは娘が答えるやつだろう。娘はやたら強い筆圧で乱暴になにか書き散らしてる。

「お父さんってさ、本当に性格悪いよね」

「お前もまあまあ俺に似てる。さっさと終わらせろ。六時半から水泳教室だろ」

 娘が書いた答えは見なかった。

 車のエンジンをかける。二年前に買い替えたばかりだが、驚くべきことに今どきの車にはCDプレイヤーがついてない。携帯電話と勝手に繫がってそこで選んだ音源を再生する仕組みだ。

「好きなやつかけていいぜ」

 後部座席に飛び込んできた娘に伝える。

「じゃあ最近Tちゃんから教えてもらったやつ!」

 娘の電話を車のナビに接続する。

 やたらと低音の利いたチルいテクノだ。ボーカルはたぶん合成音声。ナビ画面の右下には『アイニーク』とだけ表示されてる。

 マジでチルい。小学生のお嬢がこのゆるいビートに乗ってるのを想像するだけでクールだ。

「Tちゃん、ほんとおしゃれ女子すぎてすごいから。幼稚園から一緒じゃなかったら私なんて絶対声もかけられないよ」

 もうこいつにはこいつの世界がある。俺のやつとは別物だ。いい気分で走り出す。水泳教室までは十五分だ。

 

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川井俊夫(かわい・としお)

1976年、横浜生まれ。現在は関西某所で古道具店を経営。最新刊は『五更の月』(KADOKAWA)。