もういちど会いたい 平石さなぎ

「小説新潮」発 あの人のとっておき

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モヤっとバージン

 小学生のころ、休日に母とよく地元のイオンへ行った。母が買いものをしているあいだ、わたしは二百円をもらってゲームセンターへ行く。

 メダルゲームコーナーには、親と大量のメダルで豪遊する子もいれば、手持ちが尽きて床を探す子もいる。この日、金魚すくいのゲーム機と床のあいだに手を差しこんでいる男の子がいた。レモン色のTシャツからのびた日に焼けた腕が、さながらワイパーのように床に弧をえがく。当時のわたしとおなじ小学校低学年くらいで、床についた膝のそばで空っぽのメダル容器がひっくり返っていた。

 わたしは、お気に入りのゲーム機・ロデオキングのまえに来た。投げ縄を放って疾走する牛たちを捕まえ、ボタンを連打して確保する。捕まえた牛の該当ポイントに応じてメダルがもらえる、そんなゲームだ。

 何度か遊んでいると、滅多にお目にかかれないものが来た。

『ボーナスステー!!』

 レアキャラである馬が登場し、喋った。

『いっぱいメダルいれてくれ~』

 ボーナスステージは、制限時間内にメダルを入れたぶんだけ倍になって返ってくる。ノーリスクでメダルを増やす大チャンスだ。

 画面の左下、残り時間をしめす砂時計が表示される。

 そのとき、わたしの右隣にふっと誰かがしゃがんだ。

「すげえ、ボーナスやん! これ、ふたりでやったほうが絶対増やせるから、おれ手伝うわ!」

 とつぜんのことで驚き、わたしは男の子を見つめたまま固まった。さっき、金魚すくいのゲーム機の下を漁っていた彼である。一重まぶたの奥から利発そうな目がのぞいていた。

 たしかにふたりでやれば、メダルを容器から取りだす際のロスがなくなる。なんとも効率のよい戦法を取れるのだ。

 その後は、ふたりして無我夢中でメダルを投入口に突っこんだ。

 終了。足下からじゃらじゃらと響くメダルの音が、得もいわれぬ達成感をつれてきた。

 わたしは男の子にお礼を言い、メダルの山分けを提案しようとしたが、それより先に、手のひらがすっと、こちらへ差しだされた。

「手伝ってあげたから、さっき出たメダル半分くれるよな」

 そのつもりだったのに、お礼を催促されたとたん、わたしは一瞬だけメダルが惜しくなった。あわてて男の子に分け前を渡したとき、指先を熱くしたよろこびは、うすいゴム手袋をはめたようによそよそしくなっていた。

 男の子と会ったのはあの一度きりだ。学校もちがったし、名前も聞かなかった。けれど大人になった今も、「なんだかなあ」という感覚にとらわれるたび、遠いところからじゃらじゃらというメダル払い出し音が聞こえてくる。

 

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平石さなぎ(ひらいし・さなぎ)

1997年、京都府生まれ。2025年に第38回小説すばる新人賞を受賞。2026年『ギアをあげて、風を鳴らして』で作家デビュー。