うれしい買い物 友田とん

「小説新潮」発 あの人のとっておき

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本当にこれ、気に入ってるの?

 酉の市に行くといいよ、本当に商売繁盛するよ、十一月だよ、と人から言われてきた。だから何年も前から酉の市で熊手を買おうと決めていた。だが毎年なぜか逃していた。気づくのはいつも年が明けて一月十日頃。それはいくらなんでも遅すぎる!と私も思うのだが、生まれ育った関西には酉の市という風習がほとんどなく、商売繁盛ならえびす神社の十日戎なのだ。実家の店の壁には福箕が飾ってあった。十日戎のニュースで酉の市を思い出すのも、おかしなことではないのだ。

 とはいえ昨秋は気合が入っていた。数年来、取り組んできた本がついに出るからだ。商売繁盛させたい。だがある日の夜、仕事を終えてSNSを開くと、人で賑わう酉の市の様子が流れてきた。またうっかりしていたのだ。しかし記事をよく読めば、十一月の酉の日はみな市が立つらしく、その日は一の酉で、まだ二の酉が控えているらしい。手帳に「酉の市」と書き込んだ。

 果たして当日、外まですごい人出の神社の境内を進むと両側に熊手を売る露店が並んでいた。人を搔き分けて露店の前に出ると、壁一面に高くまで、いろいろな飾り物のついた熊手が飾ってある。毎年大きくしていくものらしい。けれど初心者向きの小ぶりの熊手が見当たらない。それで忙しなく動き回るお店の人を呼び止めて尋ねると、奥から出してきてくれた熊手は、招き猫の飾り物がピンク色で私には可愛らしすぎる。値段を聞くと、予算オーバーだ。ただ残りはこれ一つ切りだという。隣からは「商売繁盛!」という掛け声とともに三本締めの音が響きわたる。威勢のよさに圧倒されて、もうこれにしちゃおうかなと財布を開いた時、横から妻の声がした。

「本当にこれ、気に入ってるの?」

 これで目が覚めた。気に入ったのを持ち帰りたい。よそも見ようと熊手を手放すなり、後ろのお客の手が伸びた。「こちらはもういいんですね?」と確かめる店の人に私は頷いた。

 だが一旦手放してしまうと、不思議なことに落ち着いて熊手の違いを楽しめるようになった。お多福に達磨、招き猫に米俵、小判、千客万来などの札。飾り物は案外似たり寄ったりだ。ぐるぐると見てまわるうちに、小ぶりの熊手が目に留まった。飾り物は干支の午である。これだと私は思った。「午でいいの?」と妻は言った。午がいい。なにしろ私は来たる午年の年男なのだ。値段も予算ちょうどだ。最後にいいのを見つけた。稲穂を挿してもらい受け取ると、「境内を出るまでは外に向けて福を搔き込んでね!」と店の人が言った。大事にするあまり、熊手を内向きに抱えていたのだ。

 ここでの思考や行動の一つ一つが私の普段からの生き方のミニチュアになっていた。だけど、へんに怯えなくていい。気づいたなら、それを意識して変えることだってできるのだから。

 お参りして境内を出ると、ちょうど事務所の近くまで行くバスが来た。事務所に戻り在庫の山を整理して、高いところに飾った。すごくいい感じだ。よし近々人を招いてみよう。来年はもうすこし大きな熊手が買えるといいな。

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友田とん(ともだ・とん)

作家・編集者。京都府生まれ。著書に『『百年の孤独』を代わりに読む』『パリのガイドブックで東京の町を闊歩する』『「手に負えない」を編みなおす』などがある。