第1回 はじめに

バッグのために書いている

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イラスト:カメダ
イラスト:カメダ

 はじめまして。小説家の新川帆立と申します。
 普段はミステリー小説やお仕事小説、SF、ファンタジーなど幅広く小説を書いています。フジテレビ系の月曜9時枠で連続ドラマ化された『元彼の遺言状』シリーズや『競争の番人』シリーズが比較的有名でしょうか。
 小説家の中では筆が早く、さまざまな作品を書いているほうだと思います。同業者からは「どうしてそんなに働いてるの?」と聞かれることがあります。私はこう答えます。

「働かないと、バッグを買えないからなあ…」

 何を隠そう(別に隠してないけど)、私はバッグ大好き人間だ。小さい頃からいつも、お気に入りのバッグがあった。大人になって自分でバッグが買えるようになってからは、調べて、買って、使ってを繰り返し、頭の中はバッグでいっぱい。締切を一つ越して時間ができたかと思うと、街に繰り出して新作のバッグを見てまわる。この世にバッグがなかったら、今ほど小説を書いていなかったと思う。つまり、バッグのために書いていると言っても過言ではない。

 こう言うと、ただの買い物好きに見えるかもしれない。ただ、私くらいになると、もはやバッグを買ったり使ったりしなくても楽しく感じるゾーンに入っている。表通りがよく見えるカフェに陣取って、街ゆく人たちのバッグを見ているのも好きだ。
 結論めいたことを急に言うと、バッグは芸術性と実用性が共存しているところが面白い。小説と同じだなといつも思う。小説は文学性と娯楽性が共存しているところが面白いのだけど、今はバッグの話をしたいので、小説のことは脇に置いておこう。
 各人のバッグには、その人の美意識と生活感が同時に宿る。その塩梅が、いかにも「人生!」という感じがして、ずっと見ていても飽きないものである。

 バッグという概念そのものが好きだが、個別具体的な自分のバッグにはさらに思い入れが深い。落ち込んだときや疲れたときは、お気に入りのバッグを抱えて開口部に頭を突っ込み「バッグ吸い」をしているし(同じように「猫吸い」や「犬吸い」をする人は多いんじゃないだろうか)、夜寝るときは枕の両脇にバッグを一つずつ置いている。朝起きたとき、どちらの方向を見ていてもバッグが視界に入るようにするためだ。

 この連載は、「バッグ好きがバッグについて語る」というシンプルなものだ。オタクが推しについて語るようなものだから、私のほうは延々といくらでも語れるのだけど、果たして読者さんたちは読んで面白いのか? 小説家としては非常に不安である。
 バッグ好きの人に楽しんでもらうのはもちろんだが、好きではないけど興味はある人、「そろそろ上質なバッグがほしいな」と思っているが、バッグって結構高いから、買い物に失敗すると嫌だなと思っている人、バッグについてまったく興味も関心もないが、オタクの推し語りを冷やかしにきた人、などなど、あらゆる人に楽しんでもらえるように頑張って書いていきます。