第6回 自分のための祝祭の日を飾る「お出かけバッグ」

バッグのために書いている

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©カメダ
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 前回まで、「お仕事バッグ」として「A4が入るトートバッグ」を紹介してきた。今回は「お出かけバッグ」編に入っていく。「お仕事バッグ」との最大の違いは、容量である。休日に友人と食事に行くような場面で、PCやA4書類を持ち歩く人は稀である(といいつつ、私の友人でいつもPCを持ち歩いている者もいる。東京タワーに行くときもディズニーランドに行くときもPCを入れたリュック持参だった。まあ一旦その友人は脇におこう)。

  大は小を兼ねるというので、仕事用のトートバッグで休日のお出かけをカバーしても問題ないはずだ。しかし、どういうわけか、その日の用事にぴったりのバッグを持ちたくなってしまう。バッグの中で荷物がゴロゴロ動くのが嫌だというのもあるけれど、仕事もなくて気楽に過ごす日には身軽な状態で過ごしたいという気持ちもある。ただ、身軽というのは、軽装で何にでも対応できる「コンパクトな状態」をいうのではない。むしろ、時間やタスクに追われず、効率性や利便性から離れたところで、自分のためにゆったり過ごす「貴族的な有り様」を指している。

 普段は仕事で汲々としているぶん、休みの日くらいお姫様のように過ごそうじゃないか、ということである。ゴリゴリの労働者が休日だけ貴族っぽく振る舞ったところで、本物の不労高所得者からすると滑稽に映るかもしれない。しかし、闇の中でこそ光が輝くように、ゴリゴリの労働者だからこそ貴族的な休日が重要なのだ。それは、友人と1ヶ月前から申し合わせて行くアフタヌーンティーであったり、やっとチケットが取れたミュージカル公演であったり、恋人と過ごす記念日ディナーであったり。日常の中の華やぎであり、ハレとケでいうところの「ハレ」の日である。

 限られた予算の中で、どこにお金をかけるか?という問題において、よくある答えは二つある。
 まずは、日頃よく使うものにお金をかけようという考え方である。スマートフォンだったり、財布だったり、デスクだったり、毎日使うものにしっかりお金をかけるとQOLが上がるし、そのぶん元をとれて費用対効果も高いよね、というわけだ。前回まで紹介してきた「毎日使う仕事用バッグ」にお金をかけるのも、この理屈で肯定できるだろう。
 他方で、「ハレ」の日に予算を一点集中させる考え方もある。日常生活では他人の目もあるし、社会的な要請から身だしなみも制限されていることが多い。そもそも忙しいから、おしゃれは二の次であり、目の前のタスクをどんどんこなす戦闘モードの人もいるだろう。そういう人たちがホッと一息ついて、世俗的な効率性・利便性の世界から離れる。休日であり、ハレ、祝祭のときである。

 私が所有しているバッグの中で一番高価なのは、エルメスのMinuit au Faubourgというバッグだ(珍しいバッグだからか、日本語で「ミニュイ・オ・フォーブル」と検索しても、このバッグのモデルとなった同名の腕時計しか出てこない。英語だと検索性が高いので、あえて英語で表記する)。
 幅は20センチほどで、スマートフォンとカードケース、鍵、ハンカチ、リップなどを入れたら中はいっぱいになる。ハンドルは細く、手に持つこともできるし、肩にかけることもできるので、案外使いやすい構造だ。
 しかし、なかなか使うタイミングはない。艶のあるブラック・リザード・レザーに華やかなゴールド金具が付いているので、一見して高価だし、迫力がありすぎて汎用性がないのだ。私はこのバッグが「自分が所有しているものの中で一番美しいバッグ」だと思っているし、とっておきの場面で使うことにしている。出番が少ないので、何度か手放そうかと思ったこともある。しかし、「とっておきの場面」が訪れるたびに、手放さなくてよかった…としみじみ思う。自分の将来に「華やかな場面」がきっと訪れると信じて、諦めずに持っていてよかったと、自分を信じた自分が誇らしく感じられる。

 やや脱線したが、今回は、祝祭のための貴族的「お出かけバッグ」を紹介していこう。なお、いわゆる「フォーマルバッグ」や「パーティバッグ」とは異なることに留意していただきたい。フォーマルバッグにはガチガチのルールがあるし、パーティバッグにもそれなりにドレスコードがある。社会的な要請が強力に働くので、自分のための祝祭の日ではないからだ。