透明になれなかった僕たちのために

透明になれなかった僕たちのために

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 なんで自分は作家にならなかったのか?
 面接からの帰り道も、僕は真剣にそれについて考え続けました。
 面接の質問には、別の裏のメッセージが存在し、それを読み取って表のメッセージに変換して答えることが必要とされます。
 例えば、このときに問われていたのは、自分の挫折体験をどう受け止め、新卒の社会人としてキャリアをスタートさせることについて、どのように自分で考え意味づけしているのか、どんなモチベーションを持っているのか、そしてその自分自身のありかたが、その会社にとってどのようなメリットをもたらすと考えているのか…といったことを問われているわけですが、しかし、そんなことは別にどうでもいいことです。
 どうして作家にならないで会社員になろうとするのか?
 そんなことを言われても困る、と思いました。正直に答えるわけにもいかないからです。
「僕は本当は作家になりたいのですが、今のところなることは出来ていません。しかし、今後もプロの作家になることを目指して小説を書いていきたいと考えています。そのため、ワークライフバランスを重視しています。多忙な部署は全く希望していません。御社が第一志望です。よろしくお願い致します」
 などと会社の面接で言い出そうものなら、面接会場をざわつかせ、即日選考落選となることでしょう。
 作家というのは、いつまでも目指し続けることが出来る職業です。それには残酷な側面もあります。僕にはそれはときどき地獄に思えるのでした。いつまでも夢が続くということは、いつまでも地獄が続くということに思えるのでした。
 僕は作家にならないと決めていない。
 いつまでも決めないとしたら、死ぬまでなれないとしたら、一生、本にならないかもしれない小説を書き続けるとしたら、それは一体どういう気分なんだろう。その覚悟は自分にあるんだろうか?と、僕は悩んでしまいました。
 二社から内定を得て就職先を決めた後も、複雑な気持ちでいました。働きはじめていよいよ書けなくなるのが怖かったし、入社後に会社での仕事に追われていくうちに、書きたいという気持ちもどうでも良くなってしまうかもしれないというのが怖かったのです。あるいは、そうやって、若いときの憧れのようなものとは、どこかで決別して、何かのきっかけで諦めてしまう方が健全だったのかもしれません。でも僕はそういう意味では、健全な大人になるのが怖かったのです。
 それでも結局、僕は比較的残業が少なそうだというなんともぼんやりとした理由で東京の会社に就職を決めました。
 あなたは僕から上京するという話を聞いてすごくさみしがっていた記憶があります。住む場所の距離が離れることを悲しんでいたと思います。
 僕の方はというと、生まれ故郷からやっと東京に行くことが出来るようになり、内心、晴れやかな気持ちだったのは否めません。

 最近は台風の影響か、豪雨に直面することが多かったです。夏の終わりにさしかかり、酷い暑さも少し和らいできました。これから涼しくなりそうです。
 父には既に連絡しましたが、京都でインタビューを受ける仕事を頂いたので、ついでに帰省しようと思っています。
 久しぶりにあなたに会えるのが楽しみです。

敬具

あなたの息子より

(つづく)
※この連載は不定期連載です。