そのあとで僕は東京に行き、編集者と打ち合わせをして、夢を熱っぽく語り、デビューに向けての打ち合わせをしました。あっというまに月日は過ぎて新人賞の授賞式になり、スピーチではたしか「日本を代表する作家になります」と言ったけど、まだ僕はその域には全然達していないような気がします。
それでめでたしめでたしとなればよかったのですが、別に人生はそううまくはいかず、むしろそこから更にいろんな苦難や嫌なことがたくさん起きるのですが、当時の僕はわりと楽観的で、初めてゲラを手に取って、まだ赤字も入れていない真っさらな紙面を眺めていた頃、これできっと人生がすべてうまくいくだろうなと甘いことを思っていたのです。
しかしそれはともかく、受賞後の我が家には平穏が訪れ、職のない息子の身の振り方問題に一応の解決が訪れたため、殺伐とした緊張感はなくなり、穏やかな空気が流れるようになりました。僕もこれからは親孝行をしようなどと当時は殊勝なことを思ったりもしたのですが、おそらく、それほど親孝行は出来ていないかもしれません。
*
今は風呂場で、スマートフォンのメモにこれを打ち込んでいます。湯気で画面がすぐに曇る。頭も少しぼんやりしてきて、何が正しくて、何がどうでもいいことなのか、境界線が曖昧になっていく。僕はあなたに対して、何ひとつ恩返しができていないのかもしれない、と最近はずっと思っています。だけど、恩返しという言葉さえも、どこか遠くにあるような気がして、実際に何をすればいいのかわからないままです。
僕は今でも、あなたの病気について、ちゃんと理解しているわけではありません。ある日あなたの身体に起きたことを告げられたけれど、それを僕は積極的に調べようとはしませんでした。病名や症状の詳細を知れば、きっと逃げられなくなると思ったからです。ただ、僕はいつの間にか、あなたの病気を前にして曖昧なまま立ち尽くすことを選んでしまいました。あなたとの距離が近すぎて、でもどこか遠いまま、どうやって近づけばいいのか、このままではわからなくなっていきそうです。
だから、まあ、そろそろ京都に顔を出そうかなと思っています。
敬具
息子より
(つづく)
※この連載は、不定期連載です。