第十六回 充電ができなくて
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前回のあらすじ
あなたとの距離が近すぎて、でもどこか遠いまま、どうやって近づけばいいのか、このままではわからなくなっていきそうです。だから、まあ、そろそろ京都に顔を出そうかなと思っています。

拝啓
母へ
先日、京都に帰りました。事前に父から聞いていたことですが、あなたは入院中でした。直前に、病棟でコロナ感染者がいるかもしれないという話があり、もしかしたら会えないかもということでしたが、検査結果は陰性で、会えることになりました。会えない可能性があったせいか、父は僕が来ることをあなたに黙っていたみたいで、あなたは僕が登場すると呆気に取られて驚いていましたね。それから、少し涙ぐみながら「……どちらさんですか?」と言いました。これは関西人特有のボケですが一瞬、冗談なのか、それとも本当にボケが始まってしまったのか良くわからなくて、一瞬困惑しました。「もう死ぬまで帰ってこなくていいよ」と言っていたけど、帰れたら帰ります。あなたも父も元気そうでホッとしました。
そのあとは父とお茶をして、京都をブラブラして帰りました。鴨川沿いも出町柳のあたりはまだ昔のままで、歩いていると昔のことを思い出します。ふたばの豆餅を食べて帰りました。
*
新人賞を受賞し、僕はやっとデビューすることになりました。それでも父は渋い顔で、作家業なんて本当にやっていけるのかと懐疑的でした。実のところ、僕自身も内心は、難しいかもしれないなと考えていた節があります。現実的な収入の話をすれば、作家専業でやっていくことは不可能ではないにしろ、あまり期待値が高くありません。それは小説に限ったことではなく、あらゆる表現分野、俗にアーティストと一括りにされるような分野の仕事はどれも似たり寄ったりなところがあるかもしれません。したがって、小説家であれば最初は兼業で開始し、軌道に乗ってから専業になるというのが基本的な考え方になりますが、無職の僕はそんなことを言っていられる状況ではなかったのでした。僕はある意味では古臭い時代錯誤な作家志望みたいなところがあったのかもしれません。それがどこかズレているということはなんとなく察しながらも、賭けたいような気持ちがありました。
本が出て、あなたは自分の知人友人の皆さんに嬉しそうに僕の本を広めてくれましたね。僕もあなたも、書店さんで自分の本が売れているか気になって、本を買うついでに、こっそり様子をうかがいに行きました。
僕は小説家としては奇跡的な幸運に恵まれた方で、関係者の皆さんのおかげもあり、デビュー作は発売後からすぐに重版になり、ほとんど冗談のように本が売れていきました。あなたは外出のついでに書店さんに立ち寄っては、置いてもらえるお店が増えたとか、嬉しそうにメッセージをくれるようになりました。このあたりで、なんとなく、少なくともしばらくは作家としてやっていけるかもしれないな、という雰囲気がしてきました。僕は四条烏丸のコワーキングスペースに仕事場を借りて、次の小説を書き始めました。二作目も出て、三作目を書く前あたりで、東京に行きたいと思うようになりました。少し貯金も貯まってきた頃だったし、京都の実家で生活しながら小説を書く日々に正直なところ飽き始めていたというのもありました。