第十八回 新しい生活を始めて

母へ

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前回のあらすじ

人工知能が語る美しい記憶よりも、僕とあなたには、そういうありきたりな日常がふさわしいような気もします。最近は、小説を書くだけが人生のすべてではないのかもしれない、と思います。

拝啓

母へ

 最近、引っ越しをしました。理由は単純で、先日から付き合い始めた恋人と同棲することになったためです。これで、僕の冷蔵庫もようやく水とコンビニ弁当だけの独身仕様から解放されました。ベッドもずいぶん広くなりました。
 さかのぼること数カ月前、恋人をつくろうと、僕はマッチングアプリを始めました。おそらく百五十人ほどとデートをしたように思います。ほぼ毎週末、知らない人とカフェに座り、同じような自己紹介を繰り返す日々でした。自分の人生を何度も朗読しているうちに、だんだん自分でも飽きてきて、最後は棒読みになっていました。マッチングアプリのデートは大変で、ドタキャンされることもあれば、自分の失言で空気を壊してしまうこともありました。相手の名前をうっかり忘れてしまったり、会話の流れで不用意に口を滑らせて地雷を踏んでしまったり。たとえば、「今日会うのはこれで四人目なんです」とか、「スランプでもう働きたくないし本当は無職になりたいんです」とか、「なんだか変わってて面白いですね」とか…。弊業界では変わってて面白いことはおそらく褒め言葉なのですが、どうやら、世間的には悪口になってしまうこともあるようです。ご存知の通り、僕は昔から、人と仲良くすることが大変不得意で、それなりに苦労をしました。
 そんな中で今の恋人と出会い、気がつけば一緒に暮らし始めていました。あまり喧嘩になることがないのは、僕にとって初めての経験です。
 恋人はベンチャー企業で役員をしています。どういうわけか僕と一緒に住んでくれています。同棲を始めてみると、彼女は生活力が高く、僕は助けられてばかりです。どうにかこうにか、最近はようやく人間らしい生活を送っています。

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 作家になって、傷つくことも多かったのですが、最近はそれにも慣れてきました。嫌なことにもパターンがあるので、人間というのはそういうものだと考えると、いちいち真に受けずにやり過ごせるようになりました。
 映画化のあとには、やはりスランプ気味になり、ときおり脚本を書いたりしつつ暮らしていました。没になった作品もずいぶん多いです。それでも最近はスランプから立ち直り、徐々に小説をまともに書けるようになってきたところです。
 スランプから抜け出そうと、あれこれ試しました。分不相応なシェアオフィスを借りてみたり、さらに勢いで隣接する分不相応なマンションまで借りて、そこを行き来する暮らしをしてみました。けれど、環境が豪華になったところで書けるようになるわけではなく、ただの無駄遣いでした。体を鍛えれば頭も回るのではと考えて筋トレにも手を出しましたが、筋肉と文章は別物で、成果はゼロでした。何をしても駄目で、本当にもう作家はやめるしかないかもしれないと、繰り返し思いました。
 年齢のせいで脳の働きが落ちてきたのかもしれないと考えるようになったのはその頃です。気力を振り絞っても書けず、締切を連続で落とすようになりました。大きな仕事をひとつ潰してしまったこともあります。危機感に駆られ、ついに病院に行ってADHDの検査を受けることにしました。もともと自分にはその傾向があるのではと疑っていたし、あなたも何度か同じことを言っていたと思います。結果はやはりADHDで、診断は間違っていませんでした。