なぜ今ライプニッツなのか? 『ライプニッツの輝ける7日間』の翻訳者が魅力を語る

〈新潮クレスト・ブックス〉翻訳者の目

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微積分や二進法、モナド論、計算機など、さまざまな分野で業績を残したライプニッツ。残された10万ページのメモの整理は今も続き、未発表だった研究が次々明らかになるとともに、再評価が進んでいます。

 今なお全貌の見えない知の巨人に、新たな切り口から挑んだのが本書『ライプニッツの輝ける7日間』(ミヒャエル・ケンペ[著]、森内薫[訳])です。ライプニッツとはいかなる人物だったのか。今ライプニッツを知る意味とは何なのか。翻訳者の森内薫さんがその魅力について語ります。

※本記事は新潮クレスト・ブックス『ライプニッツの輝ける7日間』の訳者あとがきを編集したものです。

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ライプニッツの輝ける7日間

ライプニッツの輝ける7日間

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 本書はDie Beste Aller Möglichen Welten: Gottfried Wilhelm Leibniz in seiner Zeitの翻訳である。原題の意味は「すべての可能な世界の中で最善の世界:ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツとその時代」。本書は邦題にもあるとおり、当時としては長いライプニッツの70年の生涯の中から、重要な出来事のあったあるいは重要な概念を着想した―7日間をピックアップし重点的に論じるという、変則的なスタイルで書かれた伝記作品だ。

 7日間だけを取り上げるというユニークな書式についてはまたあとで述べるとして、そもそもなぜ今ライプニッツなのか?

 ライプニッツは日本人にとって決してなじみのある歴史的人物ではない。高校生なら倫理の授業で、近代合理主義の代表としてデカルト、スピノザと並んでライプニッツの名前を学ぶかもしれない。受験生なら、「弁神論」「形而上学叙説」あたりを名称だけでも覚えるかもしれない。大学で哲学を専攻する人を別とすれば、大半の日本人にとって、目立った名言もなければ特徴的なアイコンもないライプニッツはおそらく「時代のよくわからない、ドイツの哲学者」くらいの存在ではないだろうか。だがこの、三十年戦争末期に生まれ、その傷跡が残る17世紀から18世紀のドイツで活躍した哲学者―肩書が多すぎるので、とりあえず哲学者と呼んでおこう―は、のちに「最後の知の巨人」と称されるほど多様な分野にすぐれた才能を示した人物だった。業績を残した分野は、哲学、数学、論理学、物理学、歴史学、言語学、工学、法学、政治学、神学、図書館学などじつに多岐にわたっており、しかもその中には現代に通じるものが少なからず含まれている。たとえば、高等数学でおなじみの積分記号「∫」はじつはライプニッツが考案したものだし、現代のデジタル技術の基本である2進法を確立したのもライプニッツだ。彼の提唱した普遍記号法や論理計算は現代のコンピュータやAIへとつながり、物理学においてライプニッツの提唱した運動量とエネルギー保存に関する理論はいわゆる「エネルギー保存の法則」の先駆けと言える。未発表だった研究が次々明らかになるとともに、ライプニッツの再評価は進みつつある。さらに驚くべきは、彼がこれらの多様な分野を個々に研究するだけでなく、たがいに関連づけ、統合しようとしているところだ。ライプニッツ以後もすぐれた思想家は数多く生まれてきたが、こんな離れ業をやろうとした人はなかなかいない。

 それだけスケールの大きな思想家でありながら―あるいはスケールの大きさが仇になったと言うべきか―体系だった作品として生前に出版されたものはごく少ない。代表作の一つであり、難解なことで有名な『モナドロジー』も死後に出版されている。かわりに彼は、おびただしい量の原稿や草稿やメモ、そして大量の書簡類を死後に残した。数カ国語で書かれ、テーマも多岐にわたるこれらの遺稿や書簡を全集にまとめるプロジェクトが1890年代に始まり、1920年代から刊行がスタートしたが、現在もまだ全体の半分程度しか完了していない。全集は完成すれば130巻ほどになる見込みだが、少なくともあと半世紀は時間がかかりそうだという。

 哲学者、数学者、論理学者、歴史家、エンジニアその他もろもろとして活躍した、まるで数人分の天才の人生を詰め込んだようなライプニッツの生涯を普通に年代記的に記していったら、非常に長く、難解な物語になってしまう。それについて本書は次のように記している。「フランスの著述家のベルナール・ル・ボヴィエ・ド・フォントネルは1717年、前年に亡くなったライプニッツへの追悼文の中で、彼の生涯を複数の学者人生にわけて物語ろうと決意している。そしてライプニッツがどれも同じほど精通していたさまざまな科学の分野を、今日の私たちは、大勢による共同作業でようやく克服している」(第3章より)

  そこで著者がとったのが先に述べたように、ライプニッツの生涯から重要な日にちを7日だけ選び、そこにスポットを当てるという手法だ。これなら内容が明確になるうえ、読む側の理解も容易になる。普通の伝記では素通りされてしまうような小さなエピソードも拾うことができ、登場人物がより立体的に、身近に、人間的に感じられる。そしてたとえば、積分記号「∫」の誕生を、まるですぐ目の前で起きているかのように眺めることもできる。
 とはいえライプニッツについての本を初めて読む人には、一般的な年表のような縦のつながりもあったほうがわかりやすいと思うので、簡単な年表と本書の各章を対応させたものを次に記す。