ドイツ語圏で50万部のベストセラー『名前のないカフェ』(ローベルト・ゼーターラー著、浅井晶子訳)試し読み
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戦争の名残をとどめるウィーンで、孤児院で育った男が開いた小さなカフェ。そこには時代から取り残され、居場所を失った人々が、ささやかな温もりを求めて集まった――。
名作『ある一生』の著者が、1960年代~70年代のウィーンを舞台に、戦後を生きた人々の人生を鮮やかに立ち上がらせた群像劇。その冒頭部分を紹介します。
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ローベルト・ジーモンは、戦争未亡人であるマルタ・ポールと同居するアパートを、とある月曜日の朝四時半に出た。一九六六年の晩夏、ジーモンは三十一歳だった。家を出る前に、ひとりで朝食を取った――卵二個、パンとバター、それにブラックコーヒー。未亡人はまだ眠っていた。彼女の部屋からかすかないびきが聞こえる。ジーモンはその音が好きだった。不思議なことに、どこか胸を打つ響きなのだ。ときどき扉の隙間から、老いた未亡人の大きく開いた鼻の穴がありそうな場所をちらりと覗くこともあった。
通りに出ると、風が吹きつけてきた。南から吹く風は、市場の悪臭を運んでくる。ゴミと腐った果物の匂いだ。だが今日の風は西から来るので、空気は冷たく澄んでいる。路面電車の会社を定年退職した者たちが住む灰色の住宅街を抜けて、ジーモンは板金工場〈シュネーヴァイス親子会社〉と、立ち並ぶいくつもの小さな店の前を通り過ぎた。店はどこもまだ閉まっている。マルツ小路からレオポルト小路に曲がり、シフアムト小路を渡って、狭いハイト小路に入った。角で立ち止まり、かつての∈市場|マル クト∋カフェの店舗に目をやった。ガラスに額をくっつけ、目をぎゅっと細めて、なかを覗き込む。大きな黒いカウンターの前に、テーブルと椅子が積み上げられている。壁紙は色あせ、はがれかけて波打っている箇所もある。まるで壁にいくつもの顔があるかのようだ。壁は空気にあてなきゃな、とジーモンは思った。何日か窓を開けっぱなしにしておこう、ペンキを塗るのはそれからだ。カビと湿気。古い黒ずみと埃。ジーモンはガラス壁から体を離して、きびすを返すと、通りを渡って市場へ向かった。ちょうどヨハネス・ベルクが大きな音を立てながら、経営する精肉店のシャッターを上げているところだった。
「おはよう」精肉店主が言った。「もしよければ、氷の塊をちょっと砕いてくれないか」
「野菜のほうで手一杯だよ」ジーモンは答えた。「蕪が十九箱だぜ」
精肉店主は肩をすくめると、竿を回して日よけを張り始めた。汗をかいており、朝日に照らされて首筋が光っている。
「よかったら、後で接続部に油をさしにきてやるよ」ジーモンは言った。
「そんなの俺ひとりでできる」
「このあいだの冬、悪くなったラードを塗っただろ。春になったらプラーター(注・ウィーンの公園)まで悪臭が広がったじゃないか」
「ありゃラードじゃない、豚を殺したときに出た脂だ」
「ま、助けがいるならいつでも言ってくれ」ジーモンは言った。「あとからやるから。そんなにかからない」
「ああ」精肉店主が言った。そして竿を金具から取り外し、入口脇に立てかけると、血の染みまみれのエプロンで両手をぬぐった。その顔は、日よけの赤と白の縞模様の生地によって和らげられた陽光に照らされて、優しく見えた。
「今日はいい日になるぞ」肉屋は言った。「晴れてるが、そんなに暑くなくて」
「そうだな」ジーモンは言った。「じゃ、あとで」
ジーモンは筋張った腕と長くて細い脚を持つ痩せた男だ。顔は屋外での仕事のせいで褐色に日焼けしており、灰色がかった金髪がもつれて額にかかっている。手は大きく、ささくれだった木箱を扱うせいで傷だらけだ。目は青い。ジーモンの全身で唯一本当に美しいのは、その目だけだった。
ジーモンはいつもよりゆっくりと歩いた。市場の商い人の多くが手を上げて挨拶したり、気さくな言葉をかけてくる。ジーモンがこの市場で働き始めて七年目になる。だが今日が最後の日だ。ジーモンの背中を見送る人たちは、それを彼のために喜ぶべきか悲しむべきか、わからずにいた。
荷積場で、ジーモンは蕪と玉ねぎの入った箱を肩にかつぎ、ナヴラチェクの青果スタンドまで運んだ。玉ねぎから青い部分を切り捨て、ジャガイモの芽を摘み、冬用の薪をカビが生えないように並べ替え、空のパレットを積み上げた。魚屋のスタンドでは、氷の入った桶からうろこ、はらわた、血を洗い流した。そして汚れた氷と、ぱっくり口を開けてこちらを凝視する魚の頭とを袋に詰め込んで、ゴミ捨て場に引きずっていった。その後は、木製の車、色鮮やかな小型のブリキ製回転木馬などを売る玩具スタンドに行って、スクレーパーを使って店の前の地面に置かれた金属格子から錆をこそげ落とした。ジーモンはこれまでずっと自分の仕事が好きだった。単調ではなく変化があって、体を使う仕事が。一日の終わりに手渡され、ポケットのなかでチャラチャラ鳴る日当が。冷たく澄んだ冬の空気も、アスファルトが緩んで瓶の王冠がめりこむほどの夏の暑さも好きだったし、市場の商い人たちが競うように張り上げる嗄れた声も、自分はこのやかましくて巨大な、生き生きと息づく有機体のちっぽけな一部に過ぎないと想像するのも好きだった。
市場が閉まる前に、ジーモンはもう一度精肉店に行った。そして金物売りから手に入れた壺入りの油を、日よけの骨組みの接続部に塗った。指を油に差し入れて、接続部と、大きな加減ネジのらせん部を撫でたり突いたりする。作業にはじっくり時間をかけ、指の腹が痛くなるまでネジにかかりきった。
「それ以上やってると、そのうち金属が削れてちぎれちまうぞ」精肉店主が言った。そして包丁ケースから財布を取り出し、無骨な指で札を一枚引っ張り出した。
「いらないよ」ジーモンは言った。
店主は肩をすくめて金を財布に戻し、「またいつでも来いよ」と言った。「お前さんみたいなのに頼みたい仕事はいくらでもあるからな」
「ありがとう」
「ま、とにかく幸運を祈るよ。でもどうせまた会うよな」
「ああ」ジーモンは言った。「また会おう」
その晩、ジーモンはいつもの家路をたどらなかった。レオポルトシュタットの狭い小路を縫って進み、プラーター通りとフォアガルテン通りを抜けてドナウ川に出た。貨物船とはしけとがライヒス橋の陰から姿を現し、まぶしい夕日に照らされて川を上っていく。かつて機械工場があった場所まで来ると、ジーモンは駆け出した。川沿いの未舗装の道を、巨大なコンクリートの塊や、ガラスの破片で埋まった穴や、鉄くずの山や、さび付いた鉄格子を横目に見ながら駆けた。岸辺には流木や、水を吸ってふやけた段ボール箱が漂っていた。頭上高くではユリカモメが金切り声を上げ、遠くドナウ川北岸に広がる野原の上空には、郊外の子供たちが揚げる凧が色とりどりの小さな染みになって見えた。ジーモンは口を開けてあえぎ、腕をぐるぐる回しながら駆けた。汗が顔を流れ、首筋に心臓の固い鼓動を感じた。まぶしい太陽に目をしばたたきながら、カフェの埃っぽい空間を、薄闇のなかのテーブルと椅子を、いくつもの顔が浮かんでいるかのような壁紙を思い浮かべた。足をもつれさせ、肺の痛みにもかまわず、アウガルテン橋の下を走り抜け、雨でえぐられた堤を下り、ジャリジャリ音を立てる熱い小石を踏んで、クロイグサと、下草の棘に引っかかってひらひら揺れる紙屑を横目に駆けながら、ジーモンは、このまま永遠に走っていられるような気がした。
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ローベルト・ゼーターラー
1966年ウィーン生まれ。俳優として数々の舞台や映像作品に出演後、2006年『ビーネとクルト』で作家デビュー。『キオスク』などで好評を博す。2014年刊行の『ある一生』は、ドイツ語圏で100万部を突破。2015年グリンメルズハウゼン賞を受賞。2016年国際ブッカー賞、2017年国際ダブリン文学賞の最終候補に。2018年刊行の『野原』は、「シュピーゲル」誌のベストセラーリスト1位を獲得、ラインガウ文学賞を受賞。名実ともにオーストリアを代表する作家の一人。
浅井晶子(あさい・しょうこ)
1973年大阪府生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程単位認定退学。著書に『ポルトガル限界集落日記』、訳書にローベルト・ゼーターラー『ある一生』『野原』、エマヌエル・ベルクマン『トリック』、イリヤ・トロヤノフ『世界収集家』、パスカル・メルシエ『リスボンへの夜行列車』、ジェニー・エルペンベック『行く、行った、行ってしまった』、シャルロッテ・リンク『罪なくして』、ユーリ・ツェー『メトーデ 健康監視国家』、トーマス・マン『トニオ・クレーガー』など。2021年日本翻訳家協会賞翻訳特別賞を受賞。








