第十六回 いろいろあるのが通学路
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PTAの役員ってたいへんですよね。本部や部長をされる方って本当にすごい。もはや仕事ではないかというくらいに動かれていて、尊敬と感謝です。
私自身は先にやったほうが楽なはずというよこしまな考えで、娘が1年生の時に健康安全部の部員となりました。
「子ども見守り隊」というまっ黄色の襷をかけて登下校を見回ったり、旗を持って立つ当番表を作ったりが主な仕事。
朝、通学路を歩いて初めて気づきましたが、地域のおばあちゃんおじいちゃんたちやいろんな方が外に出て、子どもたちに声をかけてくれているんですよね。地域が子どもを育てるって、ほんまでした。
コロナ禍で人と接する機会が少ない中、あいさつ程度の会話でも出来ることがうれしく、朝学校に行く子どもたちを見るのも楽しく、役員じゃなくなった後も、娘に「もうやめてくれ」と言われる高学年のころまで襷をかけて通学路をうろついておりました。
2年生の夏、娘が学校前で水筒を忘れたことに気づくという事件がありました。
そのころ、コロナ禍と猛暑で、何があろうとも水筒だけは忘れてはいけないと、いつも言ってたせいで、水筒がないことに気づいた娘はパニックで号泣。
同じクラスのY君が、
「どうしたん?!」
と駆けつけてくれて、隣のクラスのNちゃんのお母さんが、
「H(娘)ちゃん、教室まで送っていってあげるから水筒を取ってきてあげてー」
と言ってくれ、私が水筒を取りに帰り事なきを得ました。
顔と名前を知っている人の存在は心強い。
面倒ではあるけど、 PTAに参加するとちょっといいことも付いてきますよね。
娘が3年のころ、子どもたちを見送り家に帰る途中、歩道に座り込んでいる男の子に出くわしました。
「えー。倒れてるやん」
と声をかけると、
「もう学校行くの、やめんねん」
と男の子。
「今から家に帰るんも面倒じゃない? おばちゃん学校までついてったろか?」
「ちゃんと送ってくれるんやったら、行ってもええけど」
と男の子が渋々了承したので、二人で学校に向かってとぼとぼと歩きました。


