第3回 初めての「戦争」の日記

夜明けまえに目がさめて

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イラスト/椋本サトコ
イラスト/椋本サトコ

 ゼミ生の日記が、変わった。
 2月24日のことである。

 しげゼミでは、学生たちにルーティンワークとして日記を書いてもらっている。1週間のサイクルで交代しながら日記を書き、それをみんなで共有するのだ。
 始まったのは、ゼミ開設3年目の2020年5月―新型コロナによる1回目の緊急事態宣言のさなかである。
 あの時期、大学の授業は全面オンラインになってしまい、ゼミもZoomでしか進められなかった。
 前年は対面で授業を受けていた4年生はともかく、ゼミに入ったばかりの3年生は、先輩とも同期とも顔合わせすらできないままだった。Zoomのギャラリービューの小さな画面からでも、彼らの心細さや居心地の悪さは伝わってくる。
 ならば―と、ゼミ生全員で日記を書くことにした。そうすれば、おのずと自己紹介になる。無署名とはいえ、何巡かすると「郵便局のバイトは〇〇だったな」「中学生の弟がいるのは△△だろう」などと、メンバーそれぞれの生活や性格が見えてくる。直接には会えなくても、お互いの日記を読むことで少しでも距離が縮まってくれればいい。
 さらに、共有を大前提にして、すなわち読者の存在を意識して書く日記は、文章力を鍛え、虚実皮膜を実感させてくれるだろう。
 それになにより、彼らの日記は、未曾有みぞうの新型コロナ禍を若い世代がどう生きたかの等身大の記録になるはずなのだ。
 そもそもは苦肉の策だったが、やってみると予想以上の手ごたえがあった。
 毎週日曜日の午後、僕のもとには前週の担当6名からの日記が次々に送られてくる。6名が7日間を担当するので、のべ42日―それを1日につき2本ずつピックアップして、つごう14日分の日記を構成するのが、僕の仕事である。言ってみれば、アレンジやリミックスにあたる作業だろうか。
 その週に起きた出来事を押さえつつ、読み物としての流れの面白さも考え、かつ「これは誰が書いたんだ?」と書き手を推理する余地も残さなくては…。
 ラクではない。しんどいときもある。だが、とにかく楽しい。ニワカ教師の「たのしんどい」生活を象徴するのが、日記の構成なのである。
 時代の記録としても、望外のにぎやかさになった。思いがけないことが次々に起きた2年間だった。
 新型コロナ禍は、3年生が4年生になり、卒業を間近に控えたいまに至るまで、収束しなかった。最初の頃は「コロナ禍」ならぬ「コロナ鍋」や「コロナ渦」も散見していたものだが、いまはもう、そんな間違いをするヤツは誰もいない。「Go To」に浮かれ、第5波が落ち着いて安堵していた日々を、懐かしく、恨めしく思うだけである。
 1年延期された東京五輪も、開会直前になって、よくもまああれだけのトラブルが…。日本のトップも代わった。しかも2代も。日記の序盤では「安倍首相」だったのが、途中から「安倍前首相」になり、さらに「安倍元首相」である。アメリカの大統領も交代した。立つ鳥跡を濁しまくりの前大統領の狼藉も忘れがたい。凄惨でやりきれない事件も多かった。「無敵の人」「拡大自殺」という言葉が、この半年間の日記に何度登場しただろう。この2年、いろいろあったのだ、ほんとうに。
 だが―。
 昨日、3月6日に最後の担当分の日記を送ってくれた4年生が、メールに書いていた。
〈まさか日記の最終回で、戦争のことを書くとは思いませんでした〉
 オレもだよ、ほんとに。

       *

 2月23日までの日記は、20日に終わった北京冬季五輪の余韻にひたりつつ(高梨沙羅選手のスーツ規定違反問題や平野歩夢選手の採点問題にはみんな怒ってたなあ)、新型コロナの第6波のしつこさにうんざりしていた。そこに3年生は就活の話が交じり、4年生は学生生活が残りわずかになったことへの感慨をにじませて…。
 平和だったな。しんどいことや思いどおりにならない状況はたくさんあっても、やはり、平和だった。
 だが、ロシアがウクライナに軍事侵攻をした2月24日を境に、世界は変わり、学生たちの日記も変わった。
 当日の日記を、いくつか並べてみよう。誤字脱字やつながりの悪い箇所も、そのまま再録する。また、ロシアは宣戦布告をしていないので、「戦争」という表現に違和感を持つ方も多いかと思うが、カギ括弧付きで表記することでご容赦いただきたい。

〈何気なく開いたTwitterの画面に、「戦争がはじまりました」という文言が表示された。そこだけは鮮明に記憶に残っている。リモートバイトの時間が迫った朝だったのでその内容まで深く目は通さなかったが、しっかりと脳裏にはその衝撃がこびりついている。それを見てもどこか非現実的だと捉えている自分もいて、ただ衝撃を受けている感覚もある。あまりにも突然、遠くのような近くで始まった戦争。何を感じているのか、自分ではわからない〉
〈起きてTwitterを開くと、トレンドに「第三次世界大戦」の文字が載っていた。「どうせまたTwitter特有の大喜利か何かだろう」と流すことは情勢的にできず、思わずそのトレンドワードをタップしてしまった。実際に大戦が始まったわけではなかったが、各国の出方によっては可能性があるということで話題になっているようだ〉

 そうか、なるほど、スマホで「戦争」を知ったのか。ひと昔前までは「朝起きてテレビを点けたら―」だった。時代も世代も変わったのだ。
 ゼミ生の大半は、1999年から2001年にかけて生まれた。2003年のイラク戦争はものごころつくかつかないかの頃なので、「戦争」に触れるのは、実質的には初めての経験になる。
 スマホとSNSの世代だからこそ、ゼミ生たちは未曾有の事態を伝える情報との接し方に四苦八苦していた。メディア・リテラシーを育むのはゼミの大きな柱の一つなのだが、まさかこんな形で「実習」をおこなう羽目になるとは、夢にも思っていなかった。
 しかも、この「実習」は、単位や成績とは無関係―つまり「学生だから」「若くて世間知らずだから」という言い訳が利かない真剣勝負なのだ。