第5回 「3年」は長いか、短いか

夜明けまえに目がさめて

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イラスト/椋本サトコ
イラスト/椋本サトコ

 大型連休が終わった。
 行動制限のない大型連休は3年ぶりということで、テレビのニュースでは、行楽地のにぎわいや高速道路の渋滞の様子が連日報じられた。
 2019年までは毎度おなじみすぎて「少しは工夫しろよなあ」と言いたかったテンプレも、ブランクがあるとやっぱり懐かしい。渋滞ポイントの小仏峠や高坂たかさかサービスエリア、海老名ジャンクションなどの名前を聞くのもひさしぶりである。ちょっとした同窓会気分というか、「よっ、元気だったか」と言いたくなってしまう。
 入社3年以内のアナウンサーの中には、大型連休のテンプレを読むのは初めてだという人もいるだろう。去年もおととしも、大型連休中は緊急事態宣言が発令されていた。ニュースもおのずと暗くなる。せっかくの連休だというのに、持ち前の明るいキャラを封印せざるをえなかった若手アナにとっては、ようやく本領を発揮できる舞台が訪れたわけだ。さあ、心置きなく漢字を盛大に読み間違えて…失礼ですね、ごめんなさい。
 もちろん、連休中にも深刻なニュースは途切れなく報じられた。ウクライナ情勢に知床の観光船沈没事故、さらには道志村での行方不明女児をめぐる人骨発見…そんな話題のあとで、沖縄の海開きの様子や丘一面に咲き誇るネモフィラがあたりまえのように出てくるところが、テレビの因果なサガなのだろう。
 そのサガを一身に体現するアナウンサーは、表情や口調を―つまりは感情をめまぐるしく切り替えながら、ニュースを伝えなくてはならない。
 しんどいだろうなあ。掛け値なしに思う。そもそも、皆さん、まさか自分が「戦争」の報道をするなんて、アナウンサーになったときに想像していましたか? 皮肉抜きに、真剣に訊きたい。
 僕もフリーライターとして、なんの覚悟もなく(そもそも最初は音楽ライターで、初仕事は長渕剛さんのインタビューだったんだぜ)業界に入り、いろんな雑誌で仕事をしているうちに、岡田有希子さんの自殺や尾崎豊さんの急死、連続幼女殺害事件、阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件…もう一度やれと言われたら嫌だなあ、という仕事をたくさんやってきた。
 もっとも、「それをやらなかったら、もっと幸せだった?」と訊かれると、いや、ちょっと待って、と止めたい。
 いろいろな記事を書いた。書かされた。いまは、基本的には無理をして書く原稿はない。でも、無理をして書いたたくさんの原稿がいまの自分を支えてくれているという自覚と、自負は、間違いなく、胸にある。
 因果なサガに生かされているのは、フリーライター出身のオレだって同じなんだよ。

       *

 最近、ニュースのアナウンサーが原稿を読みながら涙ぐんでしまうことが増えている。
 プロ意識の欠如なのか。温かい人柄のあらわれなのか。ネットにはさまざまな意見が出ていたが、僕は泣いたアナウンサーを責める気も褒めたたえる気もない。ただ、疲れてるんだなあ、と思うだけだ。
 ゼミの学生と話していても、最近ニュースを観なくなったという声をよく聞く。いま起きていることを知らなくてはならない、というのはよくわかっていても、悲しさや腹立たしさややりきれなさに心が塞がれる出来事ばかりで、どうにもキツい…というのだ。
 よくわかる。ニュースの受け手でさえそうなのだから、送り手はもっとしんどいだろう。しかも、ほとんどのニュース番組のアナウンサーは、番組の、そしてテレビ局の「顔」として、出ずっぱりでカメラの前に立っている。さらに、並行してバラエティ番組のMCまで務めている人も少なくないのだから、感情の振り幅はすさまじいものがあるだろう。
 毎日毎日の放送で、疲れが極限まで溜まっているからこそ、感情がついたかぶってしまい、それを抑えきれないのではないか。
 あの涙は、ヒンシュクや美談のネタではない。SOSのサインだと、僕は思う。
 責めないであげてよ。褒めなくていいよ。それより、想像しないか。
 ニュースの大半は人の不幸の話だ。誰かが死んだり、殺されたり、運が悪くて幸せになれなかったり、自業自得でしくじってしまったり、嫌な奴もたくさん出てくるし、嫌な奴にかぎって力が強くて…ニュースが掲げる「正義」とは、「無力な正しさ」とほとんど同義かもしれなくて…。
 そんな話を、大盛りグルメの特集やエンタメ情報やメジャーリーグの大谷選手の活躍の話と一緒に伝えなくてはならないのだ、アナウンサーの皆さんは。
 お疲れさまです。
 でも、限度を超えて疲れすぎないで。
 新聞は連休明けの5月9日を休刊日にしているし、週刊誌にも合併号はあるけれど、テレビに休日はない(よく考えたら、これ、すごいことなんだと思いませんか?)。
 のんきで朗らかなニュースがひさびさに増えた今年の大型連休が、少しでもリフレッシュの足しになっていればいいけど―むしろ逆かな。もっとしんどくなるかな。
 とにかく、うまく休みを取りながら、健やかにがんばってほしい。
 あんまり泣くなよ。みだりに憤るなよ。感情のシェアって、ファシズムの第一歩だったりするからね。

       *

 ただ、僕はこんな未来の光景も想像する。
 新人時代を新型コロナ禍に翻弄されたアナウンサーの皆さんが、若手に言うのだ。
「昔はコロナで大変だったんだ」「ゲストがリモート出演で、ほんと、やりにくかったんだから」「スタジオでもアクリル板の仕切りが気になって」…。
 まあ、そのあたりは、1985年に社会に出たシゲマツの世代の昔話―「バブルの頃はタクシーが捕まらなくてさあ」とたいして違いはないのだろう。
 で、ここからが、今月の本題。
「3年ぶり」という言葉は、歳月の流れを俯瞰した表現である。
 コロナがなかった2019年から、緊急事態宣言の出ていた2020年と2021年をへて、今年2022年までの「3年」―それは、世界史の教科書に出てくる「ヨーロッパにおける第二次世界大戦は、1939年9月の英独戦争に始まり、1945年5月のナチスドイツ降伏までの約5年半」と同じ、長い歴史の一時期という捉え方だ。