探偵AIのリアル・ディープラーニング

探偵AIのリアル・ディープラーニング

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 パステルイエローのスーツを着たその若い女性は、僕に気付くなり親しげに話しかけてきた。
「あー、合尾くんじゃん。お久しぶりー」
 右龍うりゅう首相の事件で知り合った、アイドル上がりの最年少女性国会議員、たちばなばななだった。
 彼女が発声した瞬間、重苦しい部屋に華やかさが広がった。これはもう一種の才能と言えよう。
 しかし旧知の登場に僕が覚えたのは安堵より驚きだった。
 僕は彼女の側に歩み寄って囁くように尋ねた。
「橘さん、どうしてここに」
「ほら、私、AI戦略特別委員会ってのに入ってたじゃん。覚えてるかどうか知らないけど」
「はい―いや―名前まではアレですけどそういうのがあったことは」
「あっ、そう? まあ立法たつのり先生が亡くなったことで縮小されたんだけど存続はしてて、で、今一応私が仕切ってんのよね」
「そうなんですか」
 凄いじゃないですか―は偉そうか?
「そうなのー。それで何か成果出さなきゃいけないと思ってたところに、このビッグプロジェクトよ。国も一枚噛ませてもらうことにしました」
「え?」
「産学官連携って奴? フォースくんと新鏡社が提供するアイディアを、この大学の技術が実現して、国がそれを産業として根付かせる。まあ正確には私は官っていうか『立法』担当だけど、この技術が実現したらどのみち法整備は必要になるから、それなら最初から関わっていた方がいいっていうか」
 おいおい、話がビッグどころではない規模になってきてないか?
「まあ難しい話は置いといて」
 彼女はアカデミックな大物たちの方を向いた。
「皆さん、今日の主役がお越しになりましたよ。合尾輔くん、そして名探偵の相以さんです」
 彼女が持つオーラのおかげか、大物たちも柔和な表情になり、僕が受け容れられやすい空気が出来上がった気がした。
 僕は慌ててスマホをポケットから出して、相以に挨拶をさせた。
 大物たちもそれぞれ工学部だとか理学部だとか医学部だとか、はたまた文科省など自己紹介をしていたが、緊張のあまり耳を素通りする。
 複数の学部が関わっているだって?
 やはり僕が認識していたよりずっと大規模なプロジェクトのようだ。
 相以はいつも通り自信満々に名探偵などと名乗っていたが、僕は責任の重圧が両肩にのしかかるのを感じていた。
「合尾くん、リラックスリラックス」
 僕の内心を鋭く見抜いたのか、それともよほどダダ漏れだったのか、橘さんがそう言ってくれた。
「はい、すみません」
「謝んなくてオッケー。あ、そうだ。フォースくんに早く会いたいんじゃない?」
「それは、まあ…でもどこにいるんですか?」
「現場でいろいろやってるはず。ねえ、もう移動しちゃっていいんじゃないですか」
「そうですね、それではEGGのところにご案内しましょう」
 僕の背後頭上で大川さんが言った。

(つづく)