第二章 八人の魔法使い【3】

VR浮遊館の謎―探偵AIのリアル・ディープラーニング―

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前回のあらすじ

推理と魔法の世界。宙を漂う『魔法大全』には、火・水・土・風・光・闇・夢・現、八つの魔法と共通規則が記されていた。さて、室内の調査はこれくらいにして、そろそろ部屋の外に出てみよう。僕は戸枠に掴まりながら廊下を覗いた。

Illustration /レム
Illustration /レム

     *

 廊下の内装も石造りであり、まるでどこかヨーロッパの美術館にでもいるような気分になった。
 しんと静まり返った廊下には浮遊物は少なく、花瓶が一つ遠方を漂っているのみ。
 その寂しい光景に僕はうすら寒さを感じ、誰かプレイヤーが現れてほしいと思う。
 いや、大丈夫なのか? もしそいつが犯人だったら…。
 いやいや、大丈夫だ。犯人といっても、これから人を殺していこうという殺人鬼ではなく、すでに(設定上)浮遊の魔法を使っただけの犯人役に過ぎないのだ。危害を加えられることはあるまい。
 いやいやいや、大丈夫じゃないかも。そういえばプレイヤーは相以以外、見ず知らずの人間なんだ。こんな奇妙な空間で最初に会うのが知らない人なのは何か気まずい。最初に相以に会えればいいのだが…。
 思考が二転三転するまま様子を窺っていたが、人の気配は感じられない。自分から動くしかなさそうだ。
 ドアはもう一度開けるのが大変だから開けっ放しにしておこう―最初はそう思っていたが、黒い本が何冊かパタパタと飛び出してきそうになったのを見て、何となく廊下を散らかしたくなかったので閉めることにした。
 僕は閉めたドア付近の壁を蹴って、上下のない廊下の中空を進んでいく。鳥籠を抜け出して家の中を飛び回る鳥…というよりむしろパイプの中を泳ぐ魚になった気分で、どこか息苦しさを覚える。
 丁字路だ。僕は一旦止まって角から向こう側を覗こうとして―よく考えたら壁などに手足を突っ張らないと意図的な減速はできないことを思い出す。
 僕の体は無防備なままTの交点に滑り出していく。
「危なーい!」
 
 右から聞き覚えのある声。
 そちらを向くと、眼前に人影が迫っていた。
 反射的に受け止めようとした僕はそれと衝突し、そのまま左に吹っ飛ばされる。
 弾みで体が激しく回転する。天と地が目まぐるしく入れ替わる。脳がかき乱される感覚。あ、ダメだ。これは酔う。僕は咄嗟に目を閉じる。
 …回転が収まってきた。
 僕はそっと目を開けた。
 そこにあったのは、よく知る顔だった。
 僕と同じ漆黒のフード付きローブを着た、白い髪の少女。
 相以だ。
 EGGに入っていた無機質な媒介用ロボットとは違う、リアル調の3DCGに置き換えられているわけでもない、普段通りの相以。
 ずっと液晶の画面越しにしか話せなかった彼女が、今、僕の目の前に。
 僕の腕の中にいる。
 しまった―。
 僕は慌てて相以の体を離そうとした。
 だが彼女の方から僕の背中に腕を回して抱き付いてきた。