探偵AIのリアル・ディープラーニング

探偵AIのリアル・ディープラーニング

早坂 吝

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「そう、『星を継ぐもの』は確かに名作だけど、そこから続く一連のシリーズを読んで初めて真価が分かるんだ。巻をまたいで張り巡らされた伏線が、現実の科学法則を用いて回収されていく様は、まさにSFミステリと呼ぶにふさわしい!」
「へえ!」
「君も機会があったらぜひ読んでみてくれ」
「分かりました、読んでみます」
 そこで相以がれたように口を挟んだ。
「小説の話は結構ですけど、どうして私たちのことを知っているんですか」
「そりゃあ仕事柄さ。世界初のAI探偵に、その助手。最先端の存在として至るところで取り上げられている君たちのことを、SF作家がチェックしていないはずがないだろ」
 そんなに僕たちは有名な存在だったのか。恥ずかしさとともに誇らしさが込み上げてくる。
「やっぱり私は偉大な存在だったんですね」
 相以も鼻高々。僕はあまり調子に乗るなよと手を強く握ったが、赤井は気にした風もなく続ける。
「人工知能の進歩には目覚ましいものがあるね。このゲームのシナリオを書いたフォース先生も君たちの知り合いなんだろ。ゲームが終わったら伝えといてくれよ。SF作家の夢である無重力体験をさせてくれてありがとうって。あ、でも浮遊の魔法だからどちらかと言えばファンタジー作家の領分か」
 ネオ・ラッダイト運動とかいってフォースを排斥しようとしている小説家もいる中で、この人は純粋に応援してくれている。僕は感動して泣きそうになった。
 その時、別の女の声がした。
「ちょっと、いつまで喋ってるの」
 赤井の後ろからおばさんの顔が覗いた。眼鏡をかけた丸顔なのは赤井と共通しているが、眼鏡のつるに蝶の意匠が施されているのと、キツそうな顔立ちをしているのは相違点だった。
「残りの二人が見つかったなら早く連れてきなさいよ」
 赤井は媚びへつらうように答える。
「はいはい、仰せの通りに―お蝶夫人」
「その呼び方しないでくれる!」
 吐き捨てるように言うと、女の顔は引っ込んだ。
 赤井は手刀を見せた。
「ごめんごめん。他のプレイヤー五人はもうこの食堂に集まっていて、後は君たち二人を探しに行くところだったんだ。お互い自己紹介くらいはしておいた方がいいと思ってね」
 さすがに同時にスタートしたはずなのに僕たちだけが出遅れたのか―一瞬疑問に思ったが、よく考えたら僕は黒い本を余計に調べるなどして時間を食っていたからな。大方、好奇心の強い相以も同じだろう。
「さあさ、入って入って」
 赤井は一歩引いて、僕たちを招き入れる手振りをした。
「分かりました」
 僕は相以と手を繋いだまま、壁を蹴って両開きの扉へと向かう。
 開いた方の扉板にたいを当てて減速すると、部屋の中に入った。

(つづく)