第二章 八人の魔法使い【5】

VR浮遊館の謎―探偵AIのリアル・ディープラーニング―

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前回のあらすじ

「他のプレイヤー五人はもうこの食堂に集まっていて、後は君たち二人を探しに行くところだったんだ。お互い自己紹介くらいはしておいた方がいいと思ってね」僕は相以と手を繋いだまま、部屋の中に入った。

Illustration /レム
Illustration /レム

     *

 そこは天井の高い、広い食堂だった―いや、現状ここを食堂と呼べるかどうかは意見が分かれるだろう。
 白いテーブルクロス、長い食卓、たくさんの椅子。
 そういった家具はすべて空中にプカプカ浮かんでいるのだから。
 それらとともに、共通の黒いローブを着た七人の人間が浮遊していた。
 僕・相以あい赤井あかい・お蝶夫人(?)を除く新顔は三人。
 白髪交じりのオールバックに、ゲジゲジ眉毛で、ホームベースのような角張った大顔の壮年男性。
 褐色肌に額印ビンディーを付けた、ポリコレも裸足で逃げ出しそうな、いかにもインド人でございと言わんばかりの年齢不詳の女性。
 最後の一人は相以のようなイラスト風の顔をしており―え?
 こいつが簡易的な人工知能で動いているとかいう当主役のNPCか?
 一瞬そう思ったが、違った。そいつは仮面を被っているだけだった。水色の髪の中性的な美形のイラストを印刷でもした仮面を被っているのだ。当然、本人の性別も年齢も分からない。
 何だあいつは…と僕が目を奪われていると、赤井が言った。
「これで全員揃ったようですね」
「ちょっと待ってください」
 ストップをかけたのは相以だった。
「ここにいるのは私以外は多分、全員人間ですよね。もう一人、私たちをこの館に招いたという設定のNPCがいるはずですが」
「そうだけど、NPCは後回しでいいんじゃないかな」
 赤井がやんわりと言うと、お蝶夫人(?)が険のある口調で続ける。
「っていうか黒幕のそいつを見つけろってゲームでしょ」
「全然違いますよ」
 と相以が言葉を返す。
「あなたはまるで理解していません。犯人がプレイヤーかNPCかはまだ確定していないんです。ちゃんとルールの説明を聞いていたんですか…痛い痛い! たすくさん、手を強く握りすぎです!」
 僕は相以を無視して平謝りする。
「すみません、ウチのAIが失礼なことを…」
 お蝶夫人(?)は僕を無視して相以に言い返す。
「こんなゲームどうでもいいから適当に聞き流していたのよ、悪い?」
「悪いです。ルールを理解していないプレイヤーがいると、他のプレイヤーが楽しめなくなります」
「ふん、AIはゲームで楽しく遊んでればそれでいいんでしょうけどね。人間はいろいろと忙しいのよ」
「いろいろって何ですか?」
「おい、それくらいにしとけ」
 僕は相以を制止する。
 お蝶夫人(?)が無視したので口論は続かなかったが、すっかり険悪なムードになってしまった。
 それにしても向こうも随分喧嘩腰だ。この分だとテスターになったのは立候補ではなく推薦なのだろうが、それでもすでにゲームに参加している身なのだから、「こんなゲームどうでもいいから」は放言ではないか。フォースの作ったゲームをけなされたようで気分が悪くなる。
 赤井が取り成すように言った。
「あー…それでは全員揃ったということで自己紹介を始めましょうか」
「それでは私から始めさせてもらおう」
 壮年の男が、当然自分がこの場で一番偉い人間であると言わんばかりに、高みから言い放った。
「私は未来党衆議院議員の西賀にしが八作はっさくだ」
 未来党はたちばなばななも所属する政党で、右龍うりゅう首相の失脚で大幅に議席を減らしたものの、今なお与党の地位を保持している。
 西賀八作という名前も聞いたことがあるぞ。そういえばあの将棋の駒のような角ばった顔はニュースで見覚えがある。
 話すことを身上とする議員らしく、マイクがなくても広い食堂に太い声が響き渡る。
「最初にはっきり言っておくが、私はAIのような一過性の流行に金を出すのは反対でね。この企画にも乗り気じゃなかったんだが、後輩の橘くんにどうしてもと請われて渋々参加したのだ」
 何だ、みんな夢のVR体験に喜び勇んで参加したのかと思っていたら、結構反対派もいるんだな。そう思うと身内のフォースが試されている気分になって緊張してきた。
 もっとも、まずは試してもらわないと始まらない。そういう反対派の先輩も動かせるなんて橘さんはさすがの手腕だ。
 西賀はふよふよと近付いてくる椅子を押し退けて言った。
「仮想現実、だったか。まあ、なかなかよくできていると思うよ。だが不満点もある。大きな不満点がな」
 西賀は芝居がかったように黙り込む。