第六章 急転直下の真実【8】

VR浮遊館の謎―探偵AIのリアル・ディープラーニング―

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前回のあらすじ

「あれもヒント、これもヒント。でもあなたたちは気付くことができなかった。私の目論見はまんまと嵌まったわ。信頼する《助手》が目の前で罪を犯すところを黙って見ていた気分はいかがかしら、探偵さん」

Illustration /レム
Illustration /レム

 僕は肩を震わせて、言葉を絞り出した。
―してない」
「え?」
 以相いあは大袈裟に耳に手を当てて聞き返してきた。
「聞き間違いかしら? 『殺してない』―そう聞こえたけど」
 声が掠れる。
「そうだ、僕は殺してなんかいない」
「殺してなんかいない? それってどういう意味? だったら、辺りに飛び散る赤い水玉は何? 今、目の前を横切った幽人ゆにの死体は? 現実逃避はお止めなさい! あなたはナイフで幽人を殺害した。それは否定しようもない絶対の事実」
「違う! だって―」
 僕は自分の手の平を以相に向けた。
空中に飛び散っている血は僕のものだから、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
 僕の手の平に付いた切り傷を見て、以相は目を剥いた。
「何ですって―」
 僕はずっと我慢していた言葉を言ってやった。
「気付いていたよ! この世界がVRじゃなくて現実だっていうことは。だから幽人を刺すふりをして、自分の手の平を切ったんだ」
 手の平の傷がズキリと痛む。だが、これくらいしないと騙しの専門家である以相はだませないと思った。
「幽人サン生きてる? 良かった!」
 ナマステが嬉しそうに声を上げる。
 以相は困惑したように言った。
「そんな―じゃあどうして幽人は―」
「お前も相以あいみたいに直近の会話くらい録音してるんだろ。僕が幽人に飛びかかる前の会話を再生してみろよ」
「会話ぁ…?」
 以相はいぶかしげに眉をひそめながら、自らの声で該当の会話を再生した。
『ヘッドロック…わざわざヘッドロックなんかしやがって』
『? 突然どうしたんだい?』
『別人格のせいにするとか意志が弱いんだよ。それを今、証明してやる!』
「これがどうしたって言うのよ」
「気付かないか? その会話にはある文章が含まれているんだ」
「文章…まさか!」
「気付いたようだな」
「あなた…あなた…!」
 以相は肩をわななかせる。
 僕は種明かしをした。
「この世界が現実だと気付いた時、魔法はどう処理しているのかと考えて、杖に音声認識機能があるんじゃないかという結論に至った。じゃあ、そのマイクはどこに付いているのか。杖の先端は火球の発射口になっているはずだから、熱でマイクがダメになってしまう。だから根元だ。そう思って根元を素早く盗み見ると、集音用と思われる微細な穴が開いていたんだ。僕はそこを指で押さえたり放したりしながら幽人に言った」
『ヘッドロック…わざわヘッドロックなんかしやがって』
『? 突然どうしたんだい?』
『別人格のせいにするとか意志(いし)が弱(わ)いんだよ。それを今(いま)、証明(ょうい)してやる!』
 Lockロック the Rockロック! 石よ、いましめ!
「土の魔法だ。僕はこっそり杖の先を幽人に向けていた。それで幽人は石化して―おっと、マントの内側に仕込まれている電極で気絶だったか―動かなくなったんだ」
「一体いつから…いつからこの世界が現実だって気付いてたのよ!」
「最初から漠然とした違和感だけはあった。例えば僕の初期魔法が火だっただろう。以相、お前は知らないだろうが、父さんの件で一時期僕は炎がトラウマになっていたんだ」
 説明の前段階として言っただけのつもりだったが、以相は意外にも動揺を見せた。
「何よ、今更そんな昔のことを持ち出すわけ? 私はただ―」
「いや、いいんだ。それはもう克服したしな。だけどそのことを知っているフォースが、わざわざ僕に火の魔法を割り振るのは不自然だとは思っていたんだ。それからゲーム内の真相も解いたけど、ヒントだとは気付かなかったな。言われてみれば…という感じだけど。決定的だったのは、相以が残した『古月』と読める暗号だ。あれが僕にこの世界は現実だと教えてくれたんだよ」
「待ちなさい! ということはまさか相以、貴女もこの世界が現実だと気付いていたというの?」
 今までずっとショックを受けていた―ふりをしていた相以が顔を上げ、挑むような笑顔を見せた。
「もちろんです! 助手が気付くことに探偵が気付かないわけがないでしょう」
 まあ、確かにそうだな。僕は内心苦笑する。
たすくさんの初期魔法が火だということは知りませんでしたが、ムーンフェイスの可能性は疑いましたし、ゲーム内の真相も解いています。でも確信に至った理由は、魔法名と詠唱文の中に隠されたヒントですね」
 え、何だろう。それは僕は気付かなかった。