第二章 相棒セパレーション【1】

街角ハルシネーション―探偵AIのリアル・ディープラーニング―

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前回のあらすじ

AIが街角でふと幻視したような、四つのハルシネーション。それらが現実の出来事だと証明する。そんなことが…「可能です。なぜなら私は名探偵ですから」自信家のAIはそう言い切った。それがハルシネーションでないかどうかは、はてさて。

Illustration /レム
Illustration /レム

第二章 相棒セパレーション

 後日、僕と相以あい春根はるね市に出発することにした。
 事務所を出る時、留守番を頼んだフォースがこう言っていた。
風真かざまさん、誰にも信じてもらえなくて、すごく悔しかったし悲しかったと思う。絶対無念を晴らしてあげてよね』
 同じくネオラッドたちから誹謗中傷を受けた自分に重ね合わせたのだろう。
 写呂井うつろいさんが帰った後、僕もSNSで「風真けい」を検索してみて、そこに並んだ罵詈雑言に思わず気分が悪くなってしまったくらいだ。どうして彼らは見知らぬ人間にあそこまで悪意を向けることができるのだろう。今までそんな人は身近にはいなかった。―いや、現実では取り繕っているだけで、ネットでは本性を現す者もいたのだろうか。
『ああ、任せとけ』
 僕はフォースに返信すると、相以が入ったスマホを懐に事務所を出た。
 春根市までは電車で三十分ほどの距離だ。最寄りの駅まで徒歩で行く。
 歩くのにはちょうどいい季節だ。街路樹の緑が日頃のパソコン作業で疲れた目を癒やしてくれる。
 そう思った矢先に、ピロロン、とスマホの電子音が鳴った。どうやら現代人は電子機器から逃れることはできないらしい。
「ユーガッタメール、ですよ。えーと、なになに…大変です、たすくさん! 百万円が当たったそうですよ! 今すぐこのURLにアクセスしてください!」
「いちいちスパム読み上げなくていいから」
「冗談ですよ。まあ、メールの内容はその通りでしたが」
「削除しといてくれ。それより本気なのかよ」
「何がですか」
「依頼の件だよ。四つのハルシネーション―そう名付けたんだが、すなわち。
 あり得ない転び方をする男。
 麺を手掴みで食べる男。
 手の指がおかしなウェイトレス。
 Itallyという間違った綴り。
 これら四つの光景が現実の出来事だと証明する。そんなことが本当にできるのか。まあ最後のやつはひさしに本当にそう書いてあるらしいが、他の三つはどう考えても非現実的だろ」
「名探偵の辞書に不可能という文字はありません…私の内蔵辞書にはありますが」
「今更君の頭脳を疑いはしないけどさ。僕はまだ半信半疑なんだ。あの写真に関してはね」
「風真景が本当は生成AIを使っていたんじゃないかと?」
「ネオラッドの奴には賛同したくないけどね。でもどうやったらあんな写真が撮れるっていうんだ? 例えば多指症という生まれつき指が多い人がいるよね。でもネットで調べた限り、あのウェイトレスの指とは全然違うし、そもそも一歳前後に手術をするみたいだ」
「大人になるまで放置しているのは考えにくいですよね」
「だろ。それに、あの麺を手掴みで食べている男の顔もさ。濃いっていうかラテン系っていうか、あまり日本にいない感じの顔じゃないか?」
「グローバル…」
「いや、もちろんもちろん。これからはそういう時代だし、日本にも探せばいると思うよ、ああいう顔の人。外国人でも日本人でも。でもさ、もっと単純な話じゃないかとも思うんだ。ほら、店の名前がPasta Italyじゃん」
「つまりAIが店名から連想してイタリア人を生成したということですか」
「そうそう。風真景が実際の春根市の写真を学習させたとしたら、その中のPasta Italyという店名にAIが反応して―まあ、実際の写真を学習させたっていうのはネオラッドの推測なんだけど」
「一体輔さんはどっちの味方なんですか」
「もちろん君だよ。でも状況が…」
「風真景に極めて不利なのは認めましょう。でも私はあの写真がAI生成物ではないという自分の直感を信じます」
「確かに仮面サイバーの動画では全問正解だったけどなあ」