第二章 相棒セパレーション【4】
街角ハルシネーション―探偵AIのリアル・ディープラーニング―
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前回のあらすじ
大変です、輔さんが誘拐されました!そして私は誘拐犯たちの手によって、公園のベンチに置き去りにされてしまったのです!輔さんがいなければ、他に頼れる人間に助けを求めるべく、何とかして連絡を取りたいところですが……。

*
「ふー……良かった」
相以が無事警察官に出会えたのを見て、僕は安堵のため息をついた。
「まるで『はじめてのおつかい』ね。いい見世物だわ」
動画の右下で以相が嘲笑う。僕は言い返した。
「人工知能探偵から持ち運ぶ人手を奪ったらこうなるのは当然だろ。君が見たかったのはこんな茶番なのかよ」
「まあ、そういきり立ちなさんな。これはあくまで前座の余興。本当に見たいのはここから。あなたと切り離された相以がどうやって事件を解決するか」
「……おそらく相以は左虎さんに連絡を取るはずだ。僕の代わりに左虎さんが助手をすることで何か変わるとは思えないけどな」
「それを確認させていただくのが今回の実験ですわ」
もし。
もし僕が相以の助手であることに何か「特別性」があるのなら。
それは知りたい気がする。
――もちろんこういう風に試される形では真っ平御免だが!
ノートパソコンの画面では、二つの動画が分割表示されている。左は貫田という警察官が大写しになっており、これは橘のマルウェアによって傍受した相以のスマホのカメラ映像だろう(さっき以相がご丁寧に解説してくれた)。
一方で右の動画は、境内にいるみつねちゃんと貫田警察官と神主と巫女の四人を、どこか遠くから撮影している。
僕はずっと気になっていることを以相に尋ねてみた。
「ところで右の動画は誰がどうやって撮っているんだ? 相以が公園のベンチからみつねちゃんに連れられて今に至るまでの一部始終が映っていたけど」
「住民に扮した私の部下が、バッグの中などに隠したカメラで撮影しているのです。スマホのカメラだけでは全体状況が掴みづらいし、相以が協力者にスマホのカメラを塞がせたら何も見えなくなってしまうでしょう」
「準備は万全ってわけだ」
「実験(experiment)の成功には用心(wariment)が必要なのです。――そうそう、用心で思い出しました。同じ人物が近くにいると怪しまれるので、そろそろ交替の時間ね。橘、『カメラマン』を交替させなさい」
以相はそう呼びかけたが、いつの間にか橘ばななの気配は消え失せていた。僕が動画を見ている間に部屋を出ていったのだろうか。
僕は椅子から立ち上がった。
頭と足がふらつく。スタンガンか何かで気絶させられた後遺症が残っているようだ。
しかし何とか踏ん張り、室内を見回した。
やはり、前後に長い直方体の洋室のどこにも橘の姿はない。
椅子のかなり後方にある壁には真紅の緞帳が下りている。その向こうに扉があるのだろうか。橘はそこから出ていったのだろうか。
その時、ノートパソコンの動画が二つとも消えて、そのウィンドウが真っ黒になった。
どこかで以相の指示を聞いていた橘がカメラマンを交替させる準備に入ったのか――。
僕はそう思ったが、以相の反応は違った。