第三章 撮影ロケーション【4】

街角ハルシネーション―探偵AIのリアル・ディープラーニング―

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前回のあらすじ

「Pasta Italyは飛び降りのあった日は閉まっていましたよ。管理人によると、ここ最近、定休日でもないのにずっと閉まっているみたいで」四つのハルシネーションが観測されたスパゲティ屋に、やはり何か異変が起きているようです。

イラスト:レム
イラスト:レム

 
       

 吉村刑事との通話を切ると、左虎さんは溜め息をつきました。
「ふう、所轄にはなかなか警戒されてしまっていたわね。刑事部長である私の父から話を通してもらったんだけど、それが逆に『上から』と取られて反発を買ったかしら」
「はっきり言って杜撰ずさんな捜査ですよ。左虎さんがズバズバ言ってくれてスカッとしました」
「本当はもっと角が立たない言い方を身に付けたいと思ってるんだけどね。どうしても性格上、ああいう言い方になっちゃう」
「それでいいんですよ」
「そうもいかないのが人間社会」
 左虎さんは首を横に振ると、話題を変えました。
「それよりPasta Italyの件だけど。妙じゃない? ここ最近ずっと閉まっているなんて」
「やはりあの店には何かありそうですね」
「もう一度、店の前まで行ってみましょう…と、その前に」
 左虎さんは再び自分のスマホを取り出すと、新潮ビルヂングの管理人に電話しました。先程同様、スピーカー通話です。
「警察庁の左虎と申します」
「ケ、ケーサツ!?」
 かなり年配の男性と思われる管理人のしわがれ声が裏返りました。
「飛び降りの件で伺いたいことがございまして。今、お時間よろしいでしょうか」
「え、ええ、よろしいですが―しかし私のような者に分かることがあるとは思えず―というのもウチのビルが飛び降りなぞに使われたのは、まこと災難の一言と言ってよく―」
「ご安心ください。何も責任を問おうというわけではないのです」
「そ、そうですか。それならご安心ですが―」
「屋上へのドアがピッキングされていたそうですね」
 再び管理人の声が裏返りました。
「ははあっ、それはですね、あのー、何と申し上げたらよろしいのか―痛恨の極み―そう、まこと痛恨の極みでありまして―しかしまさかそんなことをする人間がいるとは夢にも思わないわけでありまして―」
「大丈夫です。責めているわけではありません」
「大丈夫―そう、もう大丈夫です―新たに南京錠を取り付けましたからな。鍵は二つとも私が保管し、あれから私を含めて誰も屋上には立ち入っておりません!」
 管理人は力説しました。左虎さんは淡々と言いました。
「それは大変素晴らしいですね。ところで侵入者は屋上で煙草を吸っていたそうです。そんなことをしそうな人物に心当たりはありませんか」
「いやあー、テナントに入っている人たちにね―スナックのママさんとか、居酒屋の店長とか―聞いてみましたけど。誰もそんなことしてないと」
 この管理人、吉村刑事より仕事をしている気がします。
 彼は熱に浮かされたように続けます。
「あの人たちは誠実な人たちですから―一生懸命生きてる人たちばかりです―そんな泥棒みたいな真似をするはずがない―私にはそれが分かるんです。客の誰かでしょう。最近の若者はろくでもない奴がいますからな。どんどん、そうなっています。良くない傾向です」
「まったくですね。ところで、飛び降りで亡くなった方は風真景さんという写真家なのですが、ご存じですか」
「知りません。知る由もない。みんな知らないと言っておりました―テナントに入っている人たちです―みんな真面目な人たちで―」
「ところで、おたくのビルの斜向かいにスパゲティ屋さんがありますよね。Pasta Italyという。最近閉まっているそうですが…」
「そう、変なんです。店主は一本木(いっぽんぎ)公康(きみやす)という男で―わざわざ本場イタリアで勉強してきたっちゅう頑固一徹な職人肌の男なんですが―実際ウチの女房が作るスパゲティなんかとは比べ物になりませんで―とにかくそういう真面目な人間がずっと店を閉めているというのはおかしいというか、心配ですね。病気してるんじゃないかと」
「一本木公康さん、ですか。連絡先はご存じではありませんか」
「生憎ですが―近所付き合い程度のもんですから―ご協力差し上げたいのは山々なんですが―」
「分かりました。ありがとうございます」
 左虎さんは通話を切ると、また溜め息をつきました。
「あー、疲れた」
 私たちは新潮ビルヂングを下りて、再びPasta Italyの前までやってきました。店内は相変わらず暗く静かです。
「裏手に回ってみましょうか」
 左虎さんはそう言って歩き始めました。
 Pasta Italyの右脇に、人一人がやっと通れるくらいの薄暗い路地が、裂け目のように開いていました。
「うーん、ここ…通り抜けられるのかな」
 左虎さんは嫌そうに呟きました。
「私が通信を封じられていなければ、地図にアクセスできるのですが」
「こんな路地、地図に載ってるわけないでしょ。しょうがない、行くしかないか」
 左虎さんは意を決したように路地に入っていきます。
 ポリバケツを蹴飛ばしたり、足元を走り抜けるゴキブリに悲鳴を上げたりしながら左虎さんが進んでいくと、左に曲がる角がありました。
 そこを曲がると、路地が少し開けて明るくなりました。
 左手の建物の壁にドアがあります。位置的にPasta Italyの勝手口ではないでしょうか。
「見て!」
 左虎さんが声を上げました。