第四章 一応ソリューション【1】
街角ハルシネーション―探偵AIのリアル・ディープラーニング―
更新
前回のあらすじ
瞬間、後田が動きました。私のスマホのfpsでは捉えきれないほど素早い動きです。左虎さんは腰から崩れ落ち、画面外に消えました。私の目の前に、後田の手が伸びてきます。そして私は電源を消されて意識を失いました。

第四章 一応ソリューション
二重誘拐とでも言うべきだろうか。
以相に誘拐された後、その以相ごと橘に誘拐されるとは!
未だかつてこんな目に遭った人間がいただろうか?
……いや、ひょっとしたら推理小説の世界にはいるかもしれないな。
ただ、まさか自分の身にそんな数奇な災難が降りかかるとは思ってもみなかった。
洋館に模したトラックで僕と以相は運ばれていく。イタリアンマフィアのアジトとやらに。
トラックの走行音や揺れは伝わってこず、あたかも静寂な館にいるも同然である。以相も感情が読み取れない表情で押し黙っている。沈黙に耐えかねて僕は尋ねた。
「あのさ」
以相はこちらを一瞥した。そして短く応えた。
「何?」
良かった、会話することは許されているようだ。僕は安堵した。それから何で僕が気を遣わなければならないのかと少し苛立ちながら、強気に尋ねた。
「《血染めのトマト》とか言ってたよな。マフィアの名前。危険な奴らなのか」
「さあね。日本ではまだ大規模な抗争は起こしてないみたいだけど。ああ、でも《銀龍》とかいうチャイニーズマフィアと一触即発の状態だったかしら」
また胡散臭い名前が出てきて、目眩がぶり返した。
「おいおい、まさかチャイニーズマフィアまで絡んでくるんじゃないだろうな」
「そういうこともあるかもね。橘ばななの言葉を鵜呑みにすればだけど」
僕は虚を突かれた思いをした。
「彼女が嘘をついているって言うのか?」
「あなたは言われたことなら何でも信じる詐欺の被害者なのかしら。考えてもみなさい。彼女はかつてあなたを裏切り、そして今私をも裏切った。言わば二重の裏切り者。そんな女の言うことを易々と信じる道理がどこにあるっていうの、馬鹿馬鹿しい」
「確かにそうだけど……じゃあ彼女はどうしてそんな嘘を」
「私は自分が名探偵だと根拠もなく確信しているどこかの誰かさんとは違うから、予言めいたことは言わない。だけど一つだけ言えることがある。それは、彼女がなぜか《血染めのトマト》を知っていたということよ。一般人ならまず知らないイタリアンマフィアの組織名をね」
「それって……」
やっぱり彼女がマフィアの一員だからじゃないのか、と言いかけて口を噤む。それ以外の可能性を考えろと以相は言っているのだ。しかし僕には見当も付かない。マフィア以外にマフィアに精通している人間などいるのだろうか。
また沈黙が再開してしまった。
違う――と僕は思った。
僕はそういう話がしたかったわけじゃないんだ。
確かにマフィアとか、これから自分がどうなるかとか、そういうことは気になる。
だけど今すべきは絶対そんな話じゃないんだ。
僕は勇気を振り絞り、口を開いた。


