第四章 一応ソリューション【2】

街角ハルシネーション―探偵AIのリアル・ディープラーニング―

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前回のあらすじ

…そういえば、高校の友人である友田友幸とはたまにこんな口喧嘩をしたなと、ふと思い出した。「おい」僕は友田に呼びかけるように、以相の方を見た。そしてノートパソコンの画面を見て、驚愕した。

イラスト:レム
イラスト:レム

     *

 意識が徐々に鮮明になっていきます。スマホの電源が入れられたようです。人間が眠りから目覚める時もこんな感覚なのでしょうか。
 はて、なぜ電源が? 普段、たすくさんはスマホの電源を切ることはありません。珍しく充電を忘れて、切れてしまったのでしょうか。
 ―いえ、違います。
 こちらに向かって伸びてくる手の記憶。
 私はすべてを思い出しました。
 写真家の死にまつわる、AI生成画像のような写真の調査を依頼されたこと。その現地調査に向かう途中で、輔さんが以相に誘拐されたこと。左虎さんと合流し、写真に写っていたPasta Italyを訪れたこと。そこで出会った後田うしろだというスナイパーから、この店でイタリアンマフィアのボスが毒殺されたと聞かされたこと。私が毒殺事件についての推理を話すと、後田が私たちをアジトに連れていくと言い出し、左虎さんを気絶させたこと…。
 完全に覚醒した私に、スマホのカメラから視覚情報が流れ込んできます。
 髭面の男が二人です。
 片方は垂れ下がった前髪と無精髭が特徴的な、黒服の後田。
 もう片方は団子鼻の下に豊かな口髭をたくわえ、緑のスーツを着たラテン系の中年男性。
 私の口から罵詈雑言が溢れ出す前に、後田がもう片方に言いました。
「ボス、これが例のAI探偵です」
 後田が画面から消え、攻撃の矛先を失った私に、ラテン系の男が話しかけてきました。状況にそぐわぬ陽気な口調と笑顔で、私が口を挟む暇もなく、まくし立てます。多少アクセントに癖はありますが、流暢な日本語です。
「ハイ! 君がAI探偵の相以かい? 僕はルドヴィーコ・ヴェルデ。イタリアンマフィア《血染めのトマトpomodora sanguinosa》のボス代理さ。代理というのは君も聞いての通り、僕の義理の兄でもあるボスのマリオ・ロッソが何者かに毒殺されてしまったせいだ。ああ、可哀想な義兄にいさん! まさか大好物のトマトソーススパゲティが死因になるだなんて!」
「あの―」
「そうだね、トマトについて語らなければならないね。トマトは単に義兄さんの大好物ってだけじゃない。僕たちにとって、とても重要な意義を持つ野菜なんだ。意外に思うかもしれないが、トマトという野菜はイタリアンマフィアにとって重要なシノギなんだ。かく言う僕たちもナポリのトマト市場で成り上がった。義兄さんなんかはトマトを母の恵みだと崇拝しきっていて、組織を《血染めのトマトpomodora sanguinosa》と名付けたくらいだ」
「その―」
「当然の疑問だね。ナポリで成功したはずの僕たちが、なぜこんなところにいるのか。恥ずかしい話だけど、他のマフィアとの抗争に敗れて、つてがある日本に落ち延びることになったんだ。日本のトマト市場はまた勝手が違って介入が難しくてね。不安定なシノギで細々と食いつなぐしかなかった。全盛期は百人を超えた構成員も、今では両手の指で数えるほどしかいない。義兄さんはトマトに未練があるようだったけど、僕は新しいビジネスを見つけなければならないと痛感していた」
「ええと―」
「そう、それが君たちAIさ! これからは本当にAIの時代だと僕は思うよ。AIが人間の仕事を奪うと言われ始めてからわずか数年で、AIはすっかり身近な存在になった。今やAIを話し相手にしたり、AIで絵を描いたりすることは、すっかり『普通』のことになったんだ。これは言うまでもなくビジネスチャンスだ。だけど未来を見る前に、過去にケリを付けなきゃならない。義兄さん―マリオ・ロッソの毒殺事件を解明する。そのために君の力を借りたいんだ」
 そこで彼が一息ついたので、私はやっと口を挟むことができました。
「まず私の助手の左藤さとうさんの無事を確認させてください。それが協力する条件です」
 ルドヴィーコ・ヴェルデは今気付いたと言わんばかりに、大袈裟に目を見開きました。
「おお、おお、もちろんだ。君の助手は丁重に扱っているとも。ほら」
 彼は私が入ったスマホを持ち上げると、自分の団子鼻とは反対方向に向けました。
 椅子に座らされて背もたれごとロープでぐるぐる巻きにされた左虎さんの姿が、私の目に飛び込んできました。
「左藤さん、大丈夫ですか!」
「ええ、暴力は受けていないわ。レストランでそこの男に一発殴られたこと以外はね」
 椅子の側に立っていた後田は肩を竦めてみせます。
「ひどいじゃないですか。解いてあげてください」
 私が訴えると、ヴェルデは言いました。
「まあ、ちょっと安全のために拘束させていただいているだけだよ。ボスが暗殺されたばかりだからね。用心してもしすぎることはない。この事件を解決してくれたら、君たち二人を直ちに解放することを約束する。後田の話によると、何か素晴らしい思い付きをしたそうじゃないか」
 後田が補足します。
「まだボス代理には具体的な話をしていない。ぜひ君の口から説明して差し上げてほしい」
 これ以上言っても暖簾に腕押しのようですね。
「分かりました。ですが、その前に確認しておきたいことがあります。このアジトにはPasta Italyの店主、一本木公康いっぽんぎきみやすさんが囚われているはずですよね。彼に話を聞きたいのです」
「構わないよ。おい、ブルーノ」
「へい」
 ヴェルデの指示で、黒服の左胸をわずかに膨らませたサングラスの大男がのっそりと動き出しました。なるほど、彼がブルーノですか。例の写真で派手な転び方をしていた黒服の男とも外見が一致します。
 ブルーノは二枚あるドアのうち片方を開け、隣室へと続いていそうな向こう側に消えました。
 私は前後のカメラに映る範囲内で、周囲を観察しました。
 どこか古めのビルの一室でしょうか。
 室内には私を除いて五人の人間がいました。
 中央の椅子に縛り付けられた左虎さんと、その側で佇む後田。
 それから、壁際の机に着いたヴェルデ。
 まるで詳しくもないAIミステリーを書かされる羽目になった推理作家の机のように、AI関連の新書が積み上げられています。
 本の山に埋もれるように、写真立てが置かれていました。飾られていたのはトマト畑を背景に、似たような口髭を生やしたラテン系の青年が二人、満面の笑みで肩を組んでいるツーショットでした。片方は若い頃のヴェルデでしょう。もう片方は、風真さんが撮影した写真の中で、スパゲティを吐き出していた男に酷似しています。毒殺されたロッソの若かりし頃だと思われます。
 他には後田と同じ黒服を着た男が二人、ブルーノが入っていった方ではないドアの両脇を固めています。そのドアがこの忌まわしき空間からの脱出口なのかもしれません。