第四章 一応ソリューション【5】

街角ハルシネーション―探偵AIのリアル・ディープラーニング―

更新

前回のあらすじ

スマホがピロロンと鳴りました。メールが届いたようです。何か気になって開けてみることにしました。腕です。この黒いゴシックドレスには見覚えがあります。以相の服の一つです。その手は手紙を握り締めていました。

イラスト:レム
イラスト:レム

    *

 たちばなに聞かれないよう、今度はスマホでテキストチャットだ。僕は例の高級そうな椅子に腰を落ち着けると、以相いあに尋ねた。
『それって、相以あいに助けを求めに行ったってことか?』
『だから咄嗟よ。通信が切断されそうになったから、反射的にこのスマホに入っているアドレス―あなたのもう一つのスマホにメッセージを送信したというだけ』
 彼女はうるさそうに言ったが、果たして本心だろうか。彼女の立場になって考えてみると、橘が裏切ったということは、大川おおかわなど他の支持者も裏切ってないとは限らない。となれば、そちらに頼るよりも、相以に連絡した方が助かる確率が高い。無意識のうちにそう判断したのではあるまいか。
 そんなことを口にしたら後で殺されそうなのでしないけど。
 以相は話題を変えた。
『それより橘の奴、嘘ついているわよ。「何か騙されてるような嫌な予感がして、ジャミングを再開した好判断が光った」とか言っていたけど、本当は電話の相手が罠だと見抜いてそう命じたの。まあ、裏にいる人物に意識を向けたくなかったんでしょうけど』
『ちょっと待ってくれ。何でそんなこと知ってるんだ? 電話を盗聴したのか? でもどうやって?』
『私の一部が最寄りの基地局に到達した時、そこを経由する橘の通話の音声データを見つけたのよ。で、解析してみた。もちろん暗号化されているけど、私にとっては子供向けのなぞなぞのようなもの』
『私の一部って、切断された右腕のことか? 腕で音声を聞くって何か変な気がするな』
『腕はあくまでイメージよ』
 以相は呆れた顔で、右腕をにょきっと生やした。ピッコロか。
『音声データは橘が事情を説明して、相手の男が「罠だ、ジャミングを再開しろ!」と叫んで終わる、短いものだった』
『通話の相手は男か。マフィアのボスかな』
 以相は意味深な笑みを浮かべた。
『果たしてマフィアのボスを「先生」と呼ぶかしら』
『先生?』
『橘が電話の相手をそう呼んでいたのよ。正確には○○先生と苗字を付けて呼んでいた』
『その苗字は聞こえなかったのか?』
『いいえ』
『じゃあ何で伏せ字なんだよ』
『あなたにも考えてもらおうと思って。あなたも知っている人物だから』
 僕は驚きのあまりスマホを取り落としそうになった。
 誘拐の首謀者は僕の知っている人物なのか!?
 じゃあ、やはりマフィアのボスというのは橘のブラフか。僕がマフィアを知っているわけないしな…。
 いや意外と、予想も付かない知り合いがボスの座に納まっていたりして!?
 いろいろな考えが一気に溢れかけたが、その思考の奔流は一つの要素によって堰き止められた。
 それは先生という単語だ。
『でも先生と呼ばれる人物に心当たりはないぞ。そりゃ幼稚園から高校までに先生はいたけどさ。そういう話じゃないんだろ』
『じゃあ一つヒントを差し上げましょう。その人物はすでに死んでいるはずの人間なの』
 死んでいるはずの…先生…?
 途端に背筋が冷たくなった。
『彼女は死人と電話をしていた。一体なぜかしらね』
 以相はウミガメのスープのような問いかけをする。しかし答えを出すにはまだまだ手がかりが足りないだろう。
『他にヒントはないのか?』
 しかし彼女の返答はつれなかった。
『おしゃべりはもうお終い。これ以上あなたと話していても私に得がないもの。どうせ目的地に着いたら分かるんだし、それまでせいぜい無い知恵を振り絞って考えてみたら?』
 それきり彼女はそっぽを向いてしまい、何を入力しても返事をしてくれなくなった。
 おいおい、仲間じゃなかったのか…。
 っていうか、人のスマホを間借りしている分際で随分偉そうだな…。
 あれこれ文句が浮かぶが、どうせ言っても聞く相手ではないので諦めた。
 代わりに、先生の正体について考えることにする。
 先生か…。