第五章 山荘ディスソリューション【5】
街角ハルシネーション―探偵AIのリアル・ディープラーニング―
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前回のあらすじ
おそらく以相は記憶領域にある在りし日の首相の音声を合成して、発言を生成したのだろう。似たような技術として、故人の声をAIで再現するサービスがある。これらも今回の事件の発端となった生成AIの一種である。賛否両論ある生成AIだが、今ここで一組の親子の魂を救った。

*
都子は泣き疲れて眠ってしまったようだ。
司法は彼女を抱きかかえると、階段を上り、一階応接間の車椅子に寝かせた。
そして僕の方に向き直ると、いきなり頭を下げた。
「今回の件は本当にすまなかった。何とお詫びしたらいいか……」
「いえ、そんな……。右龍さんが以相に怒るのは理解できますし、それに――撃たなかったじゃないですか」
「え?」
「最後まで僕に向けては撃たなかった。物置の扉を体当たりで破ろうとしていたのに、そこから離れて書斎の扉に発砲したのも、貫通した弾が僕に当たらないように配慮してくれたんでしょう」
正気を失ったようでいて、ギリギリ最後の一線は守っていた。
司法は改めて、より深く頭を下げた。
「――君の望み通り、以相を法廷で裁けるよう尽力することを約束する」
その時、突然、床に倒れていた橘ばなながムクリと起き上がったので、僕は肝を潰してしまった。
「すまない、大丈夫か? 君にも酷いことを……」
司法が手を貸そうとしたが、橘は自力で立ち上がった。
「ご心配なく、頑丈にできてますんで。それより、私が気絶している間に丸く収まった感じですね。めでたし、めでたし」
「何がめでたし、めでたしよ」
そう言ったのは、スマホの中の以相だ。
「これから捕まる私の身にもなってほしいものね」
「捕まるのは当たり前だろ」
僕はスマホの画面に指を突き付けた。
「《犯人》は最後には捕まって罪を裁かれるんだ。それが決まりなんだ」
以相は僕の指から顔を背け、皮肉な口調で言った。
「今の司法制度に私を裁けるとは到底思えないけど」
「うっ」
確かにそこは懸念だが……。
「大丈夫」と橘が言った。「国がその気になれば何事も何とかなるものよ」
「もちろん俺も全力を尽くす。だから安心してくれ」
司法もそう言った。元とはいえ国会議員と、現役の警察官がそう言ってくれるなら心強い。
一息ついたところで、遅れて達成感がやってきた。
……そうだ。
そうだよ。
矢継ぎ早にいろいろなことが起こる中で、以相と協力することもあって忘れかけていたが、ついにあの以相を捕まえたんじゃないか。
そう実感した途端、全身がぶるっと震え、地に足が付かない気持ちになった。
手にしたスマホに、今までにない重みを感じた。
この中に、僕と相以を翻弄し、多くの人を苦しめ、世界を震撼させた、史上初のAI犯罪者が入っている。
これまでの長い闘いに、とうとう終止符が打たれようとしているのだ。
……今まで主に闘ってきた相以のあずかり知らぬところでこうなったのは少々残念だが。相以も大層悔しがるに違いない。まあ、そこは右龍司法の強引な手法が功を奏したと認めるしかないだろう。
その相以も、いずれここに来るはずだ。そうしたら、みんなで東京に帰ろう。
僕がその旨を伝えると、橘が唇を尖らせた。
「あー、やっぱりあの時、相以ちゃんに助けを求めてたんだ」
「はあ、まあ……」
「まー、いいよ。寛大な心で許す。それより問題はあのトラックだな」
「どういうことですか?」
「あの車体が以相ちゃんの組織にマークされてるのは確実だからさ。あれで東京に戻りたくないでしょ。でも以相ちゃんを逃がさないためにはジャミングが必要。ということで、通信抑止装置を右龍さんの車に移し替えて、その車で行けばいいんじゃないかと思うんですけど、どうでしょーか」
橘の言葉に、司法は頷いた。
「そうしよう。以相を警視庁に護送するには俺が付いていく必要があるが、おか――母を一人ここに残していくのは心配だな。橘、悪いが留守番を頼めるか」
「構いませんが、お母様も連れて全員で一緒に行った方が良くないですか? 万が一、以相ちゃんの仲間がここを嗅ぎ付けて襲撃してきたら、お母様の身に危険が及ぶ恐れがありますし。裏切り者の私はもっと危ないですし」
「……確かに君の言う通りだな。頭が回っていなかった。いつも冷静な判断で助かるよ」
「えー、司法さんが素直に褒めるなんて、どういう風の吹き回しですか?」
かくして全員で行くことが決まり、二十分ほど経った頃、山荘の前に車が停まる音がした。
「相以だ」
玄関に向かおうとした僕を、司法が制した。
「待て、以相の仲間の可能性もある。俺が出よう」
司法が内側から玄関の鍵を開けて出ていくのを、僕と橘は応接間のドア口から窺っていた。
司法はすぐに戻ってきた。
「良かったな。相以と左虎の到着だ。……もう一人、思わぬ奴も付いてきていたが」
思わぬ奴?


