第五章 山荘ディスソリューション【6】
街角ハルシネーション―探偵AIのリアル・ディープラーニング―
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前回のあらすじ
「来たぞ、配置につけ」前澤はそう言って階段を駆け上がっていった。「ほ、本当に今から銃撃戦が始まるのでしょうか」相以の震え声は僕の内心をも代弁していた。「ひとまず応接間に!」空気を読んだ橘が言う。

*
司法を玄関に残し、(相以入りのスマホと以相入りのスマホを両手に持った)僕と左虎さんと橘は応接間に移動した。
車椅子の上で何も知らずに眠りこけている都子を見て、左虎さんが驚愕の声を漏らした。
「これがあの右龍総理……。まるで別人だわ……」
「それだけ心労が重かったのでしょう」
橘がそう言った時、外で銃声が鳴った。
その一発を皮切りに、立て続けに発砲の応酬が始まった。
鼓動が一気に速まる。
「とにかく、この部屋は危険です。建物の奥に移動しましょう」
橘が車椅子のハンドルを握った。彼女の言う通り、この応接間には山荘の正面向きと左向き、二つの窓があって流れ弾や侵入のリスクがある。どちらの窓も分厚いカーテンが閉まっているので、僕たちがここにいるということは、すぐには露見しないだろうが……。
だが、その目論見は外れた。敵は内部にもいるのだ。もちろん以相のことである。
突然、僕が手にしている黒いスマホから爆音が鳴った。
「私、以相は一階左手前の部屋にいます!!! 一同、助けに来なさい!!!」
スマホからこんな大きな音が出るのかと驚くほどの大声に、鼓膜が破れそうになった。
「輔さん、音量を!」
相以に言われるまでもなく分かっている。僕は黒いスマホの音量を下げようとした。しかし、以相が邪魔をしているのか下がらない。画面の中で以相が不敵な笑みを浮かべた。
「来るわ!」
左虎さんが正面向きの窓のカーテンの隙間から外を覗きながら言った。
僕も覗くと、三人分の人影が怒号を上げながら疾走してくるところだった。
逃げなければ。頭ではそう思うけど、体が竦んで動けない。
と、その時だった。
上方から一際鋭い銃声が一発。
前澤の狙撃か。
三人の人影がたじろいだ。
続いて、窓ガラスの向こうに背中が現れた。司法だ。窓の外のテラス部分に立っているのだろう。
司法は敵に向けて複数発砲した。それで三人は闇の中に退散した。
司法は弾倉を交換しながら、僕たちに怒鳴った。
「何をボサッとしている! 早くその部屋を出ろ!」
それでようやく体が動くようになった。僕たちは応接間の出口に走った。
次の瞬間、轟音とともに左向きの窓が割れ、何者かが飛び込んできた。ガラスの破片を振り落としながら血まみれの顔で立ち上がったその男は――。
「大川!」
「以相先生ええええええええーっ!」
大川は狂ったように叫びながら突進してきた。
「こいつの相手は私が!」
橘が前に出た。
「この裏切り者が!」
二人が衝突した。床の上で揉み合いながら、橘が声を飛ばす。
「元総理を頼みます!」
「分かった!」
左虎さんは車椅子のハンドルを握り、躊躇する僕に声をかけた。
「合尾くん、早く!」
僕は取っ組み合っている橘と大川を横目で見た。今は橘の方が優勢のようだが、相手は男だし不安だ。
――橘さん、どうかご無事で。
僕はそう祈りながら部屋を出た。
「と言っても、どこに行けばいいの」
「僕もこの山荘の構造には詳しくないんです。とにかく玄関とは反対方向に行くしか……」
僕たちは廊下を奥に進んだ。すると、またしても以相が妨害を始めた。今度はデフォルトの着信音を大音量で流し始めたのだ。
「やめなさい!」
相以が言うが、もちろん以相は耳を貸さない。
「やめるわけないでしょ。こっちも捕まるかどうかの瀬戸際なんだから。やめさせたければ、スマホを破壊すれば? まあ、どこかの誰かさんはそれをしたくないようだけど」
以相は僕に目配せをする。僕は早足で歩きながら言った。
「当たり前だ。それをすれば殺人者。お前と一緒になるからな」
「あら、私と一緒は嫌かしら。この高みにまで登ってくれば見える景色があるかもよ」
「ダメです、ダメダメ、以相と同じなんて絶対ダメですよ」
相以がものすごい剣幕で否定した。
「安心しろ」と僕は言った。「僕は絶対そこには堕ちない」
僕はパーカーを脱ぎ、それで黒いスマホをくるんだ。以相が何やら抗議していたが、無視だ。
しかし着信音は構わず布地を貫通してくる。気休め程度になっているかも怪しいが、これ以上手の施しようがない。
僕たちは騒音を撒き散らすスマホを持って、山荘内を彷徨った。
都子はこの状況でも目を覚まさない。やはり大物なのかもしれない。


