エピローグ【2】
街角ハルシネーション―探偵AIのリアル・ディープラーニング―
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前回のあらすじ
「さすがAI探偵さんです! あれだけあった写真の謎をすべて解明してしまうなんて!」「あれ? 写呂井さん、どうかしたんですか? 顔色が――大丈夫ですか?」写呂井さんは顔面蒼白で俯き、全身を震わせていた。

*
事件の全貌が見えたと思った矢先に、別方向から殴られたような衝撃で頭がクラクラした。
「写呂井さんが、風真さんを突き落としただって?」
自分でも驚くほどの大声が出てしまった。
対照的に、相以は静かに答える。
「そうです。風真さんは自殺ではありません。写呂井さんが飛び降りに見せかけて突き落としたのです」
探偵に告発された彼女はじっとスカートを握り締めていたが、突如声を裏返して反駁した。
「違います! 私は突き落としてなんかいません! お世話になった先生を、どうして私が殺すというのでしょうか。そもそも、新潮ビルヂング――でしたっけ? そんな建物、屋上どころか、中に入ったことすらありませんし。この間も言ったでしょう。私が庇を見たのは後日! 先生が亡くなった後のことです。炎上した写真の風景は実在するのか、それを確かめるために現地に赴いて、通りから――通りからですよ――庇を見て、その時ですよ、1が二つに見えたのは。だからその時、たまたま向かいの屋上に誰かいた――それだけの話なんじゃないですか」
「あくまで最初の証言に固執しますか。途中で証言を変えると怪しまれると思っているのかもしれませんが、それが命取りです。あなたの話はあり得ないんですよ」
「あり得ない? どうしてですか」
「飛び降りの当日、責任問題になることを恐れた新潮ビルヂングの管理人が慌てて業者を呼び、屋上へと続くドアに南京錠を取り付けたからです。現場検証を終えた警察が撤収するのと入れ替わりで、業者が到着するほどの迅速さだったそうです。その南京錠にピッキングの痕跡はありませんでしたので、それが取り付けられて以降、誰も屋上には立ち入っていないことになりますね」
「あ――」
「つまり、あなたが主張する後日、屋上に誰かがいたはずはないんですよ。あなたが嘘をついているのは明白です。では、なぜ嘘をつく必要があるのか。それはあなたが――」
「もういいです」
ポツリと、写呂井さんが言った。
壁掛け時計の針が時を刻んでいる、その音を意識するほど静かだった。
「相以さんの言う通りです。私がやりました。風真景を屋上から突き落としました」
僕は息が詰まる思いだった。
写呂井さんはうわごとのように続ける。
「lが二つ……」
見間違いだったと言い逃れするつもりか? いや、どうもそういう気力はまったく残されていないようだ。彼女の上体は平衡感覚を失ったように傾いでいる。
「そう、私、あの男を突き落とした後、柵から下を見下ろしたんです。ちゃんと死んだか確認したくて。そしたら白い幌が目に入ってきて……Itallyって……本当に、1は二つなんだ、みたいな……それで印象に残っていたんです。後頭部にジリジリ太陽が照り付けて……そうか、あれは私の影だったのね。殺人者のどす黒い影……」
その後は重苦しい沈黙が続いた。
僕は新鮮な空気を求めて潜水から浮上するように、口を開いた。
「ど、動機は? 何で写呂井さんが風真さんを殺す必要があったんだ?」
写呂井さんは僕を一瞥したが、何も言わなかった。
代わりに答えたのは相以だった。
「動機に言及するのはどうしても憶測が入り混じってしまいますが、一つだけ心当たりがないわけではありません。ブルーノの転び方もそうですが、VR浮遊館で身体性を学んだことが、私にその違和感を気付かせてくれたのかもしれません。その違和感とは背丈のことです」
「背丈?」
「例のショッピングモールの外付け階段から街を見た時、私は『件の写真と寸分違わぬように見える光景』だと感じました。その時、スマホを持っていたのは左虎刑事です。左虎刑事はスタイルは良いですが、成人男性と比べて身長が高いというほどではありません。一方、風真景さんの外見をネットで調べたところ、かなり大柄な部類でした」
相以の言いたいことが分かった。
「まさか、件の写真を撮ったのは写呂井さんだったって言いたいのか」
「そうです」
今度は写呂井さんが代わりに答えた。
「あの写真だけではありません。風真景名義で発表されたほとんどの作品が、私の撮ったものでした」
ゴーストライターという単語が脳裏をよぎる。それの写真版か。
「あの男がいなくなって――やだ、私が殺したんですよね――何を他人事みたいに――でも今になって思うと、どうしてあんな男の言いなりになっていたのか。でも、あの男には人を従わせるような不思議な魔力がありました。私も馬鹿だったんです。それであの男はどんどん付け上がるようになり、ついには暴力まで――」
今までにされた仕打ちを思い出したのか、言葉に涙が混じる。
「写真に変なものが写り込んだのは偶然でした。ネットに上げるまで気付きもしなかったんです。それでSNSで炎上して――あの男は私をひどく殴りました。もうダメだ。限界だ。そう思って殺害を決意しました。今なら炎上を苦にした自殺に見せかけることができると思ったんです」
僕は浮かんだ疑問を口にした。
「でも、どうしてウチに――」
「それが笑っちゃう話なんですけどね」
そう言った彼女の顔はとても笑っているように見えなかった。
「あの男が死んだから、やっと自分の作品を発表できる。そう思って、あちこちに自分の作品を持ち込んだんです。そしたら、生成AI疑惑のある写真家の弟子は要らないって……。皮肉な話ですよね。炎上を利用した私が炎上に苦しめられるなんて。きっと罰が当たったんです」
人の悪意を利用しようとするのは、きっと悪魔と契約するようなことなのだろう。
「それで生成AI疑惑だけ晴らしてもらおうと、依頼をしたのです。しかし名探偵を甘く見ていました。隠しておきたい罪まで暴かれてしまうなんて」
そして名探偵は悪魔以上に利用してはいけない存在だ。
「でも」
ふと彼女の声色が変わった。
「告発された犯人が言うのも何ですけど――ありがとうございます。こんな私のために一生懸命調査をしてくれて。おかげで写真の謎が解けてスッキリしました。マフィアかあ。私の一世一代の大仕事――そう思っていましたが、それが霞むくらいの大事が裏では起きていたんですね。ふふっ、何かおかしい……」
最後に彼女は笑顔を見せた。
チャイムが鳴った。
「輔さん、出てください」
と相以が言う。
探偵と犯人を二人きりにしていいものかと一瞬躊躇したが、写呂井さんにはもうそんな元気は残されていそうになかった。そこで急いで玄関に行ってドアを開けると、意外な人物が立っていた。
「左虎さん!」
「相以ちゃんの推理は私たちも外で聞かせてもらったわ」
彼女は強面のスーツ二人と、制服警官二人を連れていた。スーツの片割れが、所轄署の吉村刑事だと名乗った。
「写呂井花。風真景殺害容疑で逮捕する」
吉村刑事は写呂井さんに手錠をかけて連行していった。最初から最後まで渋い顔のままだった。
他の警官も出ていき、一人残った左虎さんが言った。
「あの刑事、自殺と言って聞かなかったのよ。今日ここに連れてくるのも苦労しちゃった。でも被疑者が犯行を認めた時の顔ったら。二人にも見せてあげたかったわ」
「いい気味ですね」
と相以も応じた。僕だけ蚊帳の外である。
「左虎さんにまで話を通しているなら、僕にも言ってくれたら良かったのに」
僕が拗ねてみせると、左虎さんが驚いた。
「えっ、聞いてなかったの? 警察が来るってことを? それとも真相自体?」
「真相自体です」
相以が申し訳なさそうに言った。
「輔さんは以相の件で落ち込んでいるようでしたから言い出しづらくて……。それに、驚きが失意を上書きしてくれるかもと……」
「ショック療法かよ」
しかし、まあ、確かに、写呂井さんが犯人だと指摘されてから今に至るまで、以相のことはすっかり忘れていたな。
以相の件は重大事だが、世界のすべてではない。そういうことか。
そう考えると、少し心が楽になった気がした。
「ありがとう」
僕がボソッと言うと、相以は顔を明るくした。
「どういたしまして!」
(つづく)
※次回の更新は、10月24日(金)の予定です。








