第一話 推しが門司港を熱くする【4】

コンビニ兄弟3ーテンダネス門司港こがね村店ー

更新

前回のあらすじ

コンビニ店員・中尾の推しアイドルの采原或るが門司港の一日観光大使に選ばれた。彼がまさかのテンダネスにもやって来て、歓喜する中尾。だが采原はとある悩みを抱えていた。兄弟たちはどんな言葉をかけるのか。

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 采原或るが、雑誌に『異世界に行ったらやりたいこと⑩』というエッセイを掲載し、それがとてもいい内容だと話題になったのは、それから少ししてのことだった。
 子どものころから異世界を舞台にした物語が好きで、物語の中で力強く生きている登場人物たちに毎日を生きる元気ややる気をもらえていたこと、どれだけくじけそうになっても前を向けたことなどが丁寧に描かれたエッセイだった。
『座右の銘は、“生きてこそ世界を獲れる。あいつを笑わせてやれ”です。これは“異世界召喚されたら魔術師の肩に乗ってるゆるふわマスコットでした”というラノベのウェグナー騎士団長のセリフです。どんな姿でどんな過酷な状況に追い込まれても耐え続けた主人公がたった一度、死んだ方がマシだという喪失感にくずおれそうになるんですが、そのときにウェグナー騎士団長が主人公を鼓舞するために言うんです。ぼくも、彼によく似たひとにそのセリフを言ってもらい、その声を大事にして生きています』
 創作に対する深い愛情や尊敬が感じられるエッセイは、物語を愛する多くのひとに支持された。
 もちろん、光莉もその中のひとりだった。雑誌の発売日前日にフライングゲットし、泣きながら読んだ。誰でも一度は、物語の登場人物を友として、辛さを共に乗り越えたことがあると思う、という一文には「分かる。そうだよね、分かる」と何度声を出したことか。
 しかし、気になるのがここ。
『ぼくも、彼によく似たひとにそのセリフを言ってもらい、その声を大事にして生きています』
 ツギくん、録音させたんだ…。
 あのとき、夢のようなことが続いてしまったせいで、光莉の脳はキャパオーバーを起こしてしまっていた。ふっと気付けば、ところどころ会話が抜け落ちているのだ。だから三人の会話をぼうっと聞いてしまっていた部分がある。ああ、わたしのバカ。大バカ。わたしもこっそり録音するべきだったのに!
「廣瀬くん、ひとって予想外のしあわせが降りかかるとスリープモードになるのかな…」
 平日の昼下がり、仕事中である。今日は志波が休みということもあって、店は閑散としていた。光莉がぽつりと呟くと、隣でタブレットを操作していた廣瀬が「はあ?」と不思議そうな顔をした。
「言ってる意味が分かんねえす。ていうか中尾さん、采原が来てからこっち、夢見心地で生きてますよね」
「ははは、君からそう言われるなら、きっとそうだと思う。いや実際、夢見心地だったんだけどさ、いまは自分の不甲斐なさに唇噛んでるのよね。わたし、何年オタクを称号にして生きてきたんだっけ。あんまりにも、不甲斐ないわ」
 最近癖になってしまったため息を吐く。と、廣瀬が「うへぇ⁉」と素っ頓狂な声をあげた。
「なに、どうなって…⁉ 中尾さん、見て!」
 あまりに動揺した声に顔をあげた光莉はぽかんと口を開けた。
 駐車場に滑り込んできたのは、ツギが借りていたパステルイエローのバンだった。運転席にはツギ、そして助手席には。
「或るくん!」
 笑顔の采原或るが座っていた。