第一回 事故の町

やっぱりきみが世界で一番可愛い

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悲惨なバス転落事故によって、「事故の町」となってしまった故郷。もとより何もない場所ではあったが、和馬は強烈な違和感を感じていた―。
「小説新潮」2025年8月号掲載「私の婚約者の話です」とあわせて読むと恐怖倍増の因習ホラー。

 疋田和馬ひきたかずま志尾しお町に戻ってきた理由は、特にはない。
 仕事の出張がキャンセルになり、ぽっかり空いた時間をどう潰すか考えていた折、ふと目に留まったのが、格安の宿泊プランだった。なにより、「地元割引」の言葉が和馬の目を引いた。実家もないのに、今も運転免許証の住所は志尾町のままだ。ずっと変更していない。
 いや、本当は、違うのかもしれない。
 先日、和馬の知人のテレビプロデューサーが送ってきた雑誌に、名監督・海東幸雄かいとうゆきおのインタビュー記事が載っていた。和馬は一度だけ、彼と知人を通じて酒を飲んだことがある。その縁で、送られてきたのだと思う。それは先日起こった、ドラマの撮影中に石橋いしばしレオンという人気俳優が亡くなった不可解な事故についてだった。海東幸雄の映画は好きだが、倫理観がどうのこうのと、かなり小うるさい。しかし、今回に限っては、全面的に同意できた。
 女性記者が書いた、三文小説のようなルポもどきを忠実に、、、実写化した、お涙ちょうだいの再現ドラマ。俳優が死んだことまで含めて「泣ける」と消費する世間。吐き気を催した。それでなんとなく、帰る気になったというのが、本当のところのところかもしれない。
「志尾町、ああ、あの事故の町ね」
 故郷が志尾だというと、多くの人がこう口にする。それを聞くたび、和馬は心のどこかがざわついた。町の名と惨事が結びつけられている現実が、薄ら寒かった。地元から離れていた期間が長すぎて、自分の中にも、同じように事故の記憶しか残っていないことが、なおさら腹立たしかった。
 新潟駅まで新幹線で向かう。随分、外国人が増えたと感じる。
 少し前は、日本旅行といえば北海道、沖縄、東京、京都くらいで、新潟に訪れる訪日客はスキー客くらいだったように思う。
 それでも、志尾に近付くたびに人は減って行って、きっとここはずっと、「事故の町」なのかもしれないと思わされる。
 何の気なしに、「志尾 事故」で動画を検索する。
 やはり、一番最初に出てくるのはあの動画だった。
 まだ、現場が、事故の瞬間に時を止めたように生々しかったとき。バスが横転し、ガードレールは引き倒され、木々や、バスの残骸がそこかしこに散乱している。
 各局の報道記者が慌ただしく行き来する中、現場検証をしている警察官の前で、ひときわ目立つ。
 それは、わんわんと大声で泣いている。さも、哀れであるかのように。この世で一番の被害者であるかのように。
 ほとんどの人間は、それを「わざとらしい」と判断した。「安全確認を怠った観光案内所で働いている人間なのだから、ある意味この人間も加害者側なのだから、被害者のように泣くのはおかしい」と、当然の判断をした。
 誰かが、それを「可愛い」と言った。実際に、可愛かった。とても可愛かった。誰もが倫理観をかせにして堪えていただけだった。それは、とても可愛かったのだ。
 ミズキ、と呼ばれるようになった。それが本名なのか、あだ名なのか、誰が名付けたのか、それはわからない。ただ、ミズキの動画は、悪意と好意を巻き込んで、何千、何万、何億と再生された。
 ミズキが、可愛いから。
 和馬は「例の動画」は見ず、その次に出てきた、有名なYouTuberの動画を再生する。