第四回 おおぶろしき

やっぱりきみが世界で一番可愛い

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悲惨なバス転落事故によって、「事故の町」となってしまった故郷。もとより何もない場所ではあったが、和馬は強烈な違和感を感じていた―。
「小説新潮」2025年8月号掲載「私の婚約者の話です」とあわせて読むと恐怖倍増の因習ホラー。

 実を言うと、その通りだった。
 ミズキに「また会いに行くね」と言われたときから、一歩あるくたびに、ミズキのことを思い出す。
 ミズキと幼少期、虫取りをした。カブトムシを捕まえるつもりだったのに、コガネムシのなりそこないのような、気持ちの悪い虫がひっかかった。父親から、それはカブトムシのメスだと教えてもらった。
 ミズキと、親戚の結婚式に出た。二人してお人形さんみたいねと言われ、居心地が悪かった。
 小学生の時、ミズキは習字の賞を取り、県知事から表彰された。母親に、「あんたも見習いなさい」と言われ、自分の字の汚さを恥じた。
 中学生のとき、ミズキが体育の授業でホームランを打つのを見た。「あんな見た目で運動神経がいいんだ」と同級生の三谷が言った。和馬は「可愛いのにな」と答えた。
 そんな記憶が、あとから、あとから、湧いてくる。
「考えてみた方がいいぞ。お前の人生の中に、ミズキがいたのかどうか。いや、考えたところで無駄だけどな」
 揶揄うように、諦めたように、悲しげな声で虹村は言った。
「もう何が正しいのか、分からないんだ」
虹村は膝の上に置いた新聞紙の束をを強く握った。
「見たことが、見ていないことに替わる。すり替わる。みんなが言い出す。『あの子は可愛い」と言い出す。ミズキという名前は、事故の後から聞いた。そのはずだ。知らなかった。でもな、『知らなかった』と言うと、嘘を吐いているような気分なんだ』
 ざあっと音を立てて、風が吹く。新聞紙の一部が、虹村の手から飛び出し、空を舞った。虹村はそれを追いかけなかった。同じ表情のまま、縫い付けられたように座っている。
 和馬のスマートフォンの画面が、ミズキになっている。ミズキは笑っている。きっと、最初からそうだった。

【むかしばなし】「おおぶろしきのタカ」

 むかしむかし、とある山あいの村に、おおぶろしきのタカとよばれる若者がいた。
 タカは口がうまくて、人を笑わせるのが得意だった。みんな、タカのほら話が大好きだった。とくに夜の寄り合いになると、火のまわりに子どもから年寄りまで集まって、タカの話に耳をかたむけた。
 ある日のこと。
「きのうの晩、峠のさきで、でっけえ白ヘビと出くわしたんだわ」
 タカは大げさに目をひんむいて、口を大きく開けた。
「丸太みたいなぶっとい体してな、舌をちろちろ出して、ぎろりとにらんできたんだわ。けど、オレは負けねえ。ばあちゃんにもらった鉈で、ずばーん! と切ってやったんだわ」
 子どもたちは目をかがやかせて「すごい!」と大さわぎ。
 大人たちも「まーた始まったか」と大笑いした。
「嘘じゃねえよ! 腹ん中には人の顔がひとつあったんだわ。にやにや笑ってた。だから切ってやった。笑えなくなるまでな」
 カカカ、とタカが笑うと、火がぱちっとはぜた。
 次の日、峠の方でおかしなことが起きた。
 池の水がにごり、犬たちは何もないのに吠えて仕方がない。
 山にこごみを取りに行ったばあ様が、腰を抜かして、息子に背負われて帰ってきた。息子も、がたがたと震えながら言った。山の道には、なにかがはいずった長い跡が残っていたんだと。
 村の若い男たちも、本当は怖かったけれど、勇気をふりしぼって、山の中に入った。
 けれど、三日三晩探しても、なんにも出てこなかった。