第一章 画面に映るあの子の現在【2】

君と漕ぐ5

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前回のあらすじ

インハイ出場を決め、新一年生の富歌も入部し、ますますやる気が満ち溢れるながとろ高校カヌー部の面々。そんな時、恵梨香が突然蘭子とともにテレビに出演し、何も知らされていなかった舞奈はひどく驚く。

イラスト/おとないちあき
イラスト/おとないちあき

「わっ、本物の湧別ゆうべつ恵梨香えりかだ」
「すごー、マジでウチの学校に通ってるんだー」
 翌日。学校に行った途端に、テレビの影響力をまざまざと実感させられた。
 ながとろ高校にはクラス替えがないため、三年間メンバーが変わらない。そのためクラスメイト達は恵梨香の活躍にも既に慣れっこで、「オリンピック出るんだって?」「昨日テレビ出てたね」などと軽く流す程度の反応だった。
 問題なのは他クラスや他学年の人間で、カヌーにさっぱり興味がなさそうな一年生たちが恵梨香を見るためだけに二年一組の教室に訪れたりしていた。といっても直接声を掛ける勇気はないらしく、窓から遠目に見ている程度だが。
「はぁー」
 頬杖を突いていた恵梨香が、大きく溜息を吐く。普段は真っ直ぐに伸びている背中が、今日ばかりは丸まっている。窓を背にしているせいか、差し込む日差しがその輪郭をなぞるように描いている。肩口で切り揃えられた黒髪を耳の後ろに追いやり、恵梨香は不愉快そうに結んだままの唇をモゾモゾと動かしていた。
「人気者だねぇ」
 素直な舞奈まいなの感想に、恵梨香は再び溜息を吐く。今朝二人で自転車で登校してから、ずっとこの調子だ。
「注目されるの、嫌?」
 恵梨香の顔を覗き込むと、彼女は腕を下ろして舞奈へと向き合った。
「嫌ってワケじゃないけど、居心地が悪い」
「ここまで注目されるのは初めてだもんね」
「日本代表が決まった時だってこんなことにはならなかったのに」
「それだけテレビが凄いってことだよ。私も、昨日はビックリしちゃったよ。富歌とみかちゃんから連絡が来てさぁ!」
 興奮してまくし立てる舞奈から、恵梨香は気まずそうに視線を落とした。年季の入った床板の溝には、変色したほこり詰まっている。
「アレは蘭子らんこさんと一緒に出てくれないかって話で。最初は取材って聞いてたのに、気付いたらテレビ出演ってことになってて」
「言ってくれたら良かったのに」
「だって…」
「だって?」
 口ごもる恵梨香に、舞奈は首を傾げた。その拍子に自身のくせっ毛が視界に入って、思わず指ででつける。恵梨香は気まずそうに口を開いた。
「恥ずかしかったんだもん」
「なら仕方ないね!」
「でしょう」
 恵梨香が照れ屋なのは今に始まったことではない。真面目な顔で頷いた舞奈に、恵梨香も真顔で頷き返した。
 周囲からは「まーたやってるよ、カヌー部コンビ」なんてどこか呆れた声も聞こえたが、二人は全く気にしていなかった。何故なぜならこれが、二人にとっての日常だからだ。