第一章 雨、ときどき、女の子【2】

君といた日の続き

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前回のあらすじ

娘を病気で亡くし、妻とも離婚した48歳の譲は、ある夏の日、道端でずぶ濡れの女の子と出会う。見過ごすことができず、おどおどと声をかけるが彼女は逃げ出してしまい…。

イラスト かない
イラスト かない

 通称、ちぃ子。年齢、十歳。
 これしか分からない状態で警察に連絡したら、悪戯いたずら電話だと思われるのではないだろうか。本当にそういう子がいるんです、と無理やり交番に連れていこうにも、彼女が途中で抵抗しようものなら、それこそ道行く人に誘拐犯と間違われて通報されかねない。
 最善策は、と思案する。そう、これ以上関わり合いにならないことだ。「迷子らしき小学生がいる」とざっくりした情報を警察に伝え、この場に駆けつけてきてもらえばいい。警察官にこの子を引き渡し次第、予定どおりドラッグストアに行き、何事もなかったかのようにアパートに取って返す。通りすがりのゆずるにしてみれば、それが一番、面倒が少ないはずだ。
 ただ、迷いもあった。もし──いや万が一、少女が本当に過去からタイムスリップしてきたのだとして──警察に保護してもらうことが、果たしてこの子のためになるのだろうか? 記憶喪失になった素性不明の子どもとみなされ、行政の組織をたらい回しにされた上、匙を投げられてどこかの児童養護施設に放り込まれる未来が、容易に目に浮かぶ。
…寒い」
 ふと、ちぃ子が呟き、自分の二の腕をさすった。
 ぽつり、と雨粒が譲の顔に当たった。
 また雨が降るようだ。風も吹き始めている。
 びしょ濡れの彼女を見て、遥か昔、小中学生の頃に受けたプールの授業を思い出した。曇天で風がある日のプールは、水に浸かっている間はいいが、上がると震えるほど寒かった。皆、授業が終わった後は唇を一様に紫色にして、我先にとバスタオルにくるまっていた記憶がある。
 心の中に、焦りが生まれた。
 このままでは、ちぃ子が風邪を引いてしまう。
 警察に引き渡すかどうかはともかく、まずは身体を拭いて、服を着替えなければいけない。
 でも──。
 そうだ、と妙案が浮かぶ。譲は両膝に手をついて屈み込み、少女と目線の高さを合わせた。
「交番には、どうしても行きたくないんだね?」
「うん。怖いから、行きたくない」
「だったら、いったんここを離れて、街を歩いている優しそうな女の人に声をかけてごらん」
「なんで?」
 きょとんとした視線が返ってくる。
「おじさんに話したのと同じように事情を伝えて、『家で雨宿りをさせてください、タオルと着替えも貸してください』とお願いするんだ。君のお母さんと同じ年代の女性なら、もしかすると年齢が近い子どもがいて、サイズがぴったりの服を用意できるかもしれない。その人の家に行って、いろいろと助けを借りながら、どうやったら元の時代に戻れるか、一緒に考えたり調べたりしてもら──」
「嫌だ!」
 突然、ちぃ子が大声を出した。新型コロナウイルスの話をしてから大げさに距離を取っていたはずが、譲の腕に飛びつき、ぎゅっと両手で握りしめてくる。