第三章 父と娘と【1】

君といた日の続き

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前回のあらすじ

タイムスリップしたらしいちぃ子と一緒にいることで、娘の美玖が亡くなった頃や、さらにもっとずっと前の記憶が脳裏に浮かんできて、譲はまた絶望してしまう。

イラスト かない
イラスト かない

 駅前のマクドナルドで夕飯を済ませてアパートに帰りついた時点で、六時にもなっていなかった。
 窓の外はまだまだ明るく、夜の気配は忍び寄ってこない。「テレビでも見たら?」とちぃ子にリモコンを渡すと、彼女は嬉々としてチャンネルを回し始めた。しかしその顔はすぐに曇る。「変なの、夕方なのにニュースばっかり…」と口を尖らせる彼女を見て、幼少期の記憶がうすぼんやりと蘇る。
「ちぃ子ちゃんの時代には、平日のこの時間って、アニメの再放送がいろいろやってたんだっけね」
「そうだよ。水曜日は、『ど根性ガエル』とか、『ルパン三世』とか、『パーマン』とか。七時からはアラレちゃん!」
 あまりにも懐かしい響きが、ゆずるの胸をくすぐる。譲が郷愁に浸る中、ちぃ子は「子どもが少なくなっちゃったからアニメもないの?」と不満げにリモコンの数字ボタンを押し続けていたが、その直後にぱっと顔を輝かせた。
「よかった、アニメやってた!」
「あ、本当?」
「未来では、2チャンネルもちゃんと映るんだね。ザーって音がする、変な画面になるかと思った」
…ん? ああ、Eテレか。なるほど」
 画面に映っているのは、牛車の上でまったりと寝転んでいるおかっぱ頭の少年だった。北島きたじま三郎さぶろうの歌うオープニングテーマが耳に心地よい。ザーって音がする、というのは、アナログ放送時代の砂嵐のことだろうが、地デジになってからそのような画面は久しく目にしていなかった。
 初めて見る〟未来の〝アニメを、ちぃ子はベッドに腰かけたまま興味津々に眺めていた。十分ほどで『おじゃる丸』が終わり、『忍たま乱太郎』が始まる。どちらも今や二十年以上続く長寿番組だが、彼女にとっては目新しいようだ。
 美玖みくがNHKのEテレを毎日見ていたのは、小学一年生くらいまでだったろうか。譲の仕事が休みの平日は、よく美玖を膝に乗せてテレビの前のソファに座り、夕飯までの時間をのんびり過ごしたものだった。腕や太腿に娘の体温をほんのり感じながら、反抗期に入ったらこんなことはできないんだろうなとか、パパの靴下と一緒に私の服を洗わないでなんて言い出されたらつらいなとか、数年先のことをつらつら考えたりして。
 ──ああダメだ、思い出すと、また。
…忍たま、面白い?」
「うん! ちょっと子ども向けすぎる気もするけど。でも『忍者ハットリくん』より可愛い」
 十歳の少女による一人前の批評に、笑ってしまいそうになる。
「普段、テレビはよく見るの?」
「見るよぉ」
「例えば?」
「うーん、夕方のアニメはだいたい全部で、あとは『オレたちひょうきん族』とか、『8時だョ!全員集合』とかは、みんなで見る」
 ああ、とうんずいた。譲が小学生の頃も、土曜の夜八時には必ず家族四人がテレビの前に「全員集合」し、ドリフターズのドタバタ喜劇に笑い転げていた。週明けの学校では大抵、ドリフ派VSひょうきん族派で話題が真っ二つになっていた記憶がある。テレビを見ていないと学校で友達の会話についていけない、だから自然と毎日見る、そんな時代だった。
 他にはどんな番組が流行はやっていただろう。トレンディ・ドラマが大ブームになるのはバブル期以降だから、もう少し後か。とすると──。
「歌番組は?」
「『ザ・ベストテン』とか、『ザ・トップテン』とか?」
「そうそう、そういうの」
「小学生はダメって言われちゃう。半日は八時に消灯だから。中学生になったら寝るのが十時になるから、そしたら見られる」
「ちゃんとしたおうちなんだね」小学四年生なら午後八時台や九時台の歌番組くらい見せてもよさそうなものだが、と思いながら尋ねる。「夜更かししたら、お母さんに怒られるの?」
「ううん、先生に」