実家。立川市にある〈デザインAGANO〉が、生家。
 元々は父方の阿賀野のお祖父ちゃんが建てた家を、お父さんが結婚を機に大胆に建て替えをしたもの。そういうふうに言うとあれだけれども、結婚前にお祖父ちゃんとお祖母ちゃんが立て続けに亡くなってしまって、二人が遺してくれたお金を使って、改装したんだって。
 デザイナーが建てた家ってことで、周りの民家からかなり浮いた、浮きまくっているかもしれない、コンクリート製のまるで白い宇宙船のようなフォルムの建物。子供の頃は、同級生の皆がカッコいい! って特に男の子たちが遊びに来たがって来たがって、何だか毎日男の子が家の中にいたような気がする。それは鈴ちゃんも同じことを言っていたっけ。
 ひょっとしたら、私が男性たちに囲まれて日々を過ごすことに何の躊躇ためらいも感じないのは、そういうことからかもしれない。
 優もそうだ。阿賀野のお祖父ちゃんの家に行くのを、とても喜ぶんだ。もちろんお祖父ちゃんお祖母ちゃんが好きなこともそうだろうけど、まるで普通の家ではない阿賀野家を喜んで走り回っている。
 そういう意味では、優はどっちの家も普通じゃないんだ。阿賀野の家は、宇宙船。真下の家は、三階建てのビルで一階はお店。
 両方のお祖父ちゃんお祖母ちゃんの家が個人事業主というのは、どうなんだろう。少し珍しいのかな。
 一周忌から一週間後。
 優の幼稚園がお休みの土日を利用して、戻ってきた。
 私は大学へもここから通ったから、一人暮らしをしたことがなかった。だから、〈実家〉という言葉の響きを気持ちと身体両方で実感できたのは、結婚してから。
 晶くんと結婚して、向こうの家で暮らすようになって、そしてすぐに妊娠して優を産むのに一度実家に、阿賀野家に戻ってきたとき。
 たぶん〈実家〉という言葉を意識して口にしたのも、そのときが初めてだったと思う。そして帰るんじゃなくて、戻る、っていうふうに意識したのも。
「あー、そうね」
 鈴ちゃんが頷く。
「私もそうだった。産むときに帰ってきたときに、戻ってきたなって思ったかも」
「だよねぇ」
 久しぶりに、家族全員で食卓を囲んだ。
 陸はもうここを出ているんだけど、私と優がお泊まりするからって、そしてあれこれ話をするからってことで、それこそ戻ってきて晩ご飯を一緒に食べてくれた。
 お父さんとお母さんも、それぞれに仕事を抱えているけれど、喫緊のものは、ないって。この土日はのんびりと過ごせるって。そうは言っても、私たちが来なかったら、二人とも何かしらの仕事はしちゃうんだろうけどね。
 鈴ちゃんも、今日は土曜日だからいくら忙しい出版社の編集者でも一応は、休み。なんだかんだと家でも仕事をする人なんだけど、本当に久しぶりに晩ご飯を一緒に作った。
 作ったと言っても、真下の家からたくさんお総菜を貰ってきたので、ほとんどはそれを温め直したりするだけだったんだけど。
 いいお肉も貰ってきたので、それを焼いたりして。
「真下家に寄ると、食卓が豪華になっていいんだよねぇ」
 陸が言う。
「あなた、ちょくちょく真下さんところに寄っているみたいだけど、毎回何か貰ったりそんなことしてないでしょうね」
 お母さん、随分髪を短くしたんだね。
「してないよ。少しだけ」
「少しだけって」
 笑った。真下にしてみると、陸は私という嫁の兄。もちろん本当は従兄だってことは知ってはいるけれども。そりゃあお店に顔を出したら、何か持っていきなさい! お金なんかいらないから! ってなるよね。いつもお義母さんがそうしてる。
「りっくんてんぷらすきなんだよ。おいも」
「そうだよねぇ。さつまいもの天ぷら美味しいよねぇ。いや真下さんのところのさつまいもマジでいっつも美味しいの。あれどこからか仕入れてるんだよね?」
「同じ商店街にある八百屋さんだよ」
〈深川青果〉さんのお野菜は本当に何をとっても美味しいと思う。
「お前、天ぷらにするとさつまいもしか食べなかったよな昔っから」
「そう! 天ぷらの日は先にさつまいも取っとかないと全部食べられてた」
 鈴ちゃんも天ぷら好きだったからね。
「わたしは、とうもろこしの天ぷらがいちばんいい!」
「あー、美味しいよねぇとうもろこしも」
「やよいはとうもろこし、天ぷらにしなくても大好きだもんね。いつだったか茹でたのを一人でおっきいのを二本もぺろりよ」
 何も思わなくても、しなくても、家族が揃うとこういう空気になる。うちは、仲が良い家族だったと思う。
 私が一人だけ小さかったせいもあると思うんだ。鈴ちゃんとは十三歳、陸とは八歳違う。二人とも小さい私を本当に可愛がってくれていた。思い起こせば過保護か! って思うぐらいにかまってくれていた。
 それと、陸がいとこだっていうことも。鈴ちゃんはもちろん私も小さい頃から知っていた。一度も会えなかった叔父さんと叔母さんの写真は仏壇に飾られていて、いつも手を合わせていた。
 本当のきょうだいじゃないけれども、家族の一人である陸が真ん中にいたことも、私たち阿賀野家を、仲の良い家族に仕立てていたんじゃないかって。それぞれが、それぞれに気を使って、おもんぱかって暮らしていたからなんだって今は思ってる。

(つづく)
※次回の更新は、4月18日(木)の予定です。