そういう離婚じゃなくても、結婚というものは終わりを告げることもあるというのは、わかってはいたけれどまさか自分の、家族の身に降りかかるなんて思ってもいなかった。
晶は、死んだ。
可愛い弟。
可愛い奥さんと一緒になって可愛い子供も産まれて継いだ実家の総菜屋をバージョンアップし始めた矢先に、だ。
なんだそれは、って思ったよ。
もしもそんな目に遭う人生なら俺にしとけば良かっただろうって神様を恨んだよマジで。いやこんな幸せな二人に別離を与えるなんて、お前は神様じゃなくて悪魔だろうってさ。
俺は、いい兄貴だったって思う。自分で言うのも何だけど本当に。
ほぼ三つ違いの兄弟だった。俺と晶と響。もちろん小さい頃にケンカとかはしたけれど、そんなのは兄弟なら当たり前の話だ。ケンカひとつないまま大きくなった兄弟とか姉妹なんて逆に気持ち悪いんじゃないか。
晶は、三人の中ではいちばん優しい男の子だった。弟の響のこともすごい可愛がっていたよな。俺なんかよりもずっと面倒を見ていた。兄ちゃんである俺のことも、ものすごく尊敬していたよな。翔にいはスゴイ、って。何でもできてスゴイんだって。僕の兄ちゃんはスゴイんだよって皆に言って回って。
そんなの、当たり前なんだよ晶。三つも違うんだから勉強もゲームもスポーツも何でもお前より出来て当たり前だったんだ。
学校でもお前は人気者だったよな。男同士では誰とでも対等以上に遊べたのは、やっぱり兄貴の俺と一緒に遊んでいたせいかな。女の子にも優しかった。それはきっと母さんのことをずっと見ていたからだ。毎日毎日総菜屋の仕事を一生懸命やっていて、俺たちのことをきちんと育ててくれていた母さんを見ていて、女の人には優しくしなきゃダメなんだって思っていたからだ。
可愛い顔をして、何でも器用にこなして優しくて。そりゃあもう人気者になるだろう。
俺が家業は継がなくてもいいなって決められたのは、お前がいたからだよ。俺が高校生の頃に、お前言ったよな。僕は店のことをやるのが好きなんだって。たぶん、ずっと店の手伝いをやっていけるって。だから、翔にいはやらなくてもいいよって言ったんだ。
お前がさ、可愛い弟がさ、事故で死んじまうって、なんだそりゃって。
お前と蘭さんが二人で手にしたでっかいダイヤモンドが、自分たちで割るならともかく誰かに割られちまうなんて、悪夢だよ。
それに比べたら、その後にやってきた自分の離婚なんて、屁でもねぇやって思ったよ。
今も、そう思ってるけどな。
蘭さんは、おっとりしている人。いつも微笑んでいるような表情を浮かべていて、話し方も静かでゆっくりしていて、仕草とかも落ち着いていて。初めて会ったときにはまだ二十三歳だったけれど、年上なんじゃないかって思ったぐらいだ。
それは、つまり芯がしっかりしている人だってことなんだよな。結婚してすぐに優が生まれて、総菜屋の仕事もそつなくこなしていくのを見てよくわかった。
好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。自分のものさしをはっきりとその手にしていて、その寸法もまったく狂わない人なんだ。
良く言えばきっちりしている。悪く言えば頑固。
晶は良く言えば柔軟、悪く言えばブレるタイプだったからさ。こういう人が奥さんになってくれたなら、我が実家の商売も安泰だなって思ったよ。
それなのにな。
蘭さんの結婚というダイヤモンドは晶と一緒に消えたけど、気持ちは残っているはずなんだ。晶が愛しい人、という気持ちは彼女の中にそのまま残っている、はず。
それは、これから一体どうなっていくんだろうなって考えている。晶が消えちまった日からずっと。
(つづく)
※次回の更新は、5月2日(木)の予定です。