第四回 ②

ムーンリバー

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前回のあらすじ

真下響、24歳。実家の〈デリカテッセンMASHITA〉勤務。子供の頃から家の仕事が好きだったから、大学卒業後は両親、次兄の晶とお店を切り盛りしてきた。早くに結婚した晶兄は精力的にお店の改革に取り組み始めた、僕が一緒に経営していくことが前提に。けど、晶兄は死んでしまった。だからこれからお店を僕一人で運営するのは無理だろう、どうしてもそう感じてしまう。

イラスト 寺田マユミ
イラスト 寺田マユミ

 まだ兄弟三人が家にいた頃、皆で一緒に使っていた十二畳の部屋は晶兄と蘭さんと優の部屋になり、今は蘭さんと優だけで使っている。
 翔兄と僕はそれぞれ向かい側の隣同士の四畳半の部屋だ。ベッドと机で一杯になってしまってるけど、一人でいるのには充分。
「翔兄」
 ドアをノックした。おう、って声が中から聞こえて、開ける。ベッドに寝転がって、iPadを観ていた翔兄が起き上がる。
「なんだ」
「うん」
 話がしたかった。机の前にある椅子に座った。
「さっきの、晩ご飯のときの話だけどさ」
「うん?」
「翔兄は、何か大きなことがない限りずっと家にいる、って」
 そうだな、って頷く。
「家にいるんだったら、じゃあ会社員を辞めてこの店をやるか、っていう気持ちにはならない?」
 翔兄はやっぱり店をやる気はないのかな。
「それは、俺に店を継げってことか」
「継がなくてもいいけどさ。何だったら僕が社長で翔兄は普通の従業員でも」
 笑った。
「晶の代わりが欲しいか」
「うん」
 素直に頷いた。翔兄の前で格好つけてもしょうがない。
 現状維持していくのはわりと簡単だと思う。父さんと母さんも新メニューや新しいシステムにもすっかり慣れたから。二人がいれば当分の間は大丈夫だけど、どうしたっていずれは引退してしまう。
 だから、ここから先へ進めるのには僕だけじゃ、たぶんダメだ。
「翔兄がいてくれればなって思う。もちろん無理にとは言わないけれど」
「蘭さんも、たぶんいなくなっちゃうだろうからな」
 蘭さんは、看板娘みたいになっていた。
 若くて元気な女性が一人お店兄るだけで雰囲気が全然変わるしいい影響をもたらしてくれるんだ。蘭さんが来てからお客さんも増加しているのはデータとしても出ている。商店街のお店の看板娘って本当に必要なものなんだなって実感している。
「そうなんだ」
 その話も一緒にしたかった。
 蘭さんを阿賀野あがのさんに戻すということは、うちの働き手から蘭さんがいなくなるっていうことにもなる。
 看板娘がいなくなるっていうのは、経営的にもけっこうな打撃だ。
「蘭さんを、阿賀野に帰した方がいいから、父さん母さんがきちんとしろって話したけどさ」
 翔兄がしたよ、ってこくん、と頷く。
「蘭さんがこのままここにいたい、って今思っていたとしても、そうさせるのが本当にベストなのかな」
 翔兄が、ベッドの上で座り直した。
「お前はそうは思わない、って話か?」
「そうじゃないんだけど。いや、全然わかんないんだけど、本人がどう思ってるかを優先させるのが、いいんじゃないのかと思ってはいるんだけど」
「お前が、蘭さんと一緒にいたい、って話じゃなくてか?」
「いや、そういうんじゃなくて」
 そうじゃないんだろうか。
 晶兄が蘭さんを連れてきたとき。
 誰かに似ているなって思ってそのときはわからなかったけれど、後から、晶兄と結婚してこの家で一緒に過ごすようになってから、わかった。
 たぶん、ほとんど素っぴんの顔を見るようになったからだと思う。あの小学校のときの同級生、川原芽吹さんに似ているんだ。
 翔兄が、「お前が、晶兄のことを忘れられたら僕と結婚してください、なんて蘭さんに言うのは自由だけどな」って言ったときに、少しだけ動揺してしまったのはそのせいだと思う。
 四年、五年かな。
 ずっとこの家で一緒に過ごしてきたんだ。義姉と義弟として。
 好きか嫌いかって訊かれたらもちろん好きだ。
 もしも時代が違っていて、お家のために晶の代わりにお前が蘭さんと一緒になれ、と言われたら、わかりましたと素直に頷くんじゃないのかなって想像できるぐらいには。