私の人生、か。
「陸、編集長知ってるよね」
「越場さん?」
もちろん、って頷いた。
「元気?」
「元気よ」
私が子供の頃からこの家に来ていた越場さんを知っているのと同じように、陸もここの子供だったんだから越場さんをよく知っている。それこそ、まだ陸が男の子の頃から。男同士で、ここで一緒にゲームをしたこともあっただろうし、一緒にお風呂にも入っていたんじゃないかな。
大人になった陸が出版の仕事とも縁が深いグラフィック・デザイナーとレタッチャーになり、そしてゲイであることも越場さんは知ってる。陸は本の装幀デザインは今までやったことはないので、仕事上での付き合いはないのだけれど。
「越場さんにね、今度一緒にご飯を食べようか、って誘われたの」
「ご飯なんて、いつものことじゃないの?」
「やよいも一緒に。そして越場さんの息子さんも。四人で」
陸が、ちょっと眼を丸くさせる。
「いたね息子さん。大学生ぐらいになったんだっけ?」
「今、一緒に住んでいるんだ。越場さんの部屋で」
そうか、って頷く。
「あそこの大学だったんだね。近いからそっから通ってるんだ。それで? 何でそんな話に?」
「蘭のことや、それこそやよいも大きくなったって話をしたり、偶然、息子さんに私が会ったりしてね。そういう話の流れで」
離婚して、もう一人の親がいないという同じ境遇にさせてしまった息子と娘を持つ親二人。
「なにかしらやよいのためになるんじゃないかなって越場さんが。息子さんは教育学部だし、離婚した親を持ちながら真面目に大きく育ったし。いろいろ話をする機会があっても、いいんじゃないかって越場さんが」
なるほど、って頷きながら、ちょっと首を捻った。
「なるほど」
「何で二回言うの」
「や、いいんじゃないのって思ったんだけど。越場さん、いい人だし。父さん母さんとも付き合いの長い人だしね。そういえばやよいちゃんは会ったことないのか」
「ないわね」
越場さんがうちに打ち合わせに来るような立場じゃなくなってしばらく経っているから。やよいとは一度も会ったことがない。
陸が、私をじっと見る。
「鈴は、越場さんのことを、男として好きだったんだね」
(つづく)
※次回の更新は、8月1日(木)の予定です。