第六回 ⑤
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前回のあらすじ
越場勝士 52歳 文芸編集部編集長。十数年前に離婚して、今は大学生の息子・士郎と2人暮らし。部下の阿賀野さんと彼女の娘との食事に士郎を誘ったら、自分の彼女も加えて、自宅に招待しようと言われた。阿賀野さんに、士郎に彼女がいるとは知らかなったと伝えたら、驚かれてしまった。
「そうなんだ」
全然まったく、聞いていなかった。そういえば、付き合っている女の子の話なんかしたことなかった。
「え、そういうのって男親は普通に訊いたりするものじゃないんですか?」
「この間、言われたときに気づいたよ。そういや、全然訊いていなかったと」
迂闊というか、どうして抜け落ちていたのかまったくわからない。学校の様子はどうだとか、勉強はどうだとか、友達とはどんな遊びをしてるんだとか、そういう話はたまにしていた。
最近の若者の意識調査みたいなものだ。それは編集の仕事にも通じるものだ。幅広く世俗に通じていなきゃならないし、相手の真意を汲み取ろうとすることを息をするようにできなきゃ編集者はやっていけない。
それなのに、自分の息子に彼女がいるかどうかというものすごく肝心なことを考えようともしなかったし、今まで訊いていなかった。どうしてなのかはまったくわからないが。
「写真を見せてもらったんだがな、これが喜んでいいのか悲しんでいいのか、あいつの母親の若い頃にちょっと似ているんだ」
あら、と、笑う。
「でも、よく聞きますよ。男の子はマザコンとかいう話ではなくて、母親がいちばん身近にいる女性ですから、同じような雰囲気を持つ人を好きになるというのは」
「まぁ、な」
それはそうだ。友人にもいる。年を取った妻が何となく自分の母親に似てきてしまったことに、ちょっとショックを受けたとかいう話を聞く。俺の元妻は、俺の母親にはまったく似ていなかったが。
「ま、それで事後承諾になって申し訳ないんだが、いいよな。彼女がいても」
「それはもう、全然構いません。むしろやよいにはいいかもです。あの子、お姉さん好きですから」
「そうか」
「女の子の方が好きみたいですね。あ、そういう意味ではなく、学校でも高学年のお兄さんよりお姉さんたちの方がって雰囲気の」
なるほど。
「そしてな、まぁ士郎も彼女を呼ぶ気になったのは、その茉美さんも実は小さい頃に、それこそちょうどやよいちゃんと同じ時期に親が離婚したそうだ。お母さんは今もシングルマザーのままで頑張っていると」
「そうなんですね」
阿賀野さんと同じ境遇。もちろん、そういう子が彼女になったのは単なる偶然だと言っていたが。
「いいと思います。楽しみです」
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