第七回 ①
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前回のあらすじ
越場勝士 52歳 文芸編集部編集長。十数年前に離婚して、今は大学生の息子・士郎と2人暮らし。部下でバツイチの阿賀野さんと娘のやよいちゃん、士郎とその彼女の5人で食事会を開いた。俺が心配する出番はないほどやよいちゃんは明るいいい子で、どんなことがあっても胸の内の心棒が歪んだりしないように感じた。
阿賀野蘭 二十七歳 無職
「大丈夫ですよ。今申し込んでいただけたら受け入れできます」
そう言われたときには、運が良い、なんてパッと思ってしまったけれど、それは違う! と、打ち消した。
運が良いっていうのは、良くない状況の中でそれを摑んだときに使う言葉のはず。
私は、悪い状況の中にいたんじゃないんだから。
夫が若くして亡くなってしまったというのは確かにかなり悪いことだったけど、その中にあっても私は真下家でとても良くしてもらっていた。優しい義父母と頼りになる義兄弟に囲まれて、日々の食事の心配をすることもなく可愛い息子と一緒にいられて、幸せと言える暮らしぶりだった。それを終わらせて、息子である優と二人で生きていく準備をする、という選択をしたのは自分自身。
だから、鈴ちゃんも陸も私も通った実家近くの幼稚園に確認して、途中入園は今ならちょうど受け入れできますよ、と、あっさり認められたのは運が良かったんじゃなくて、巡り合わせが良かったからだ。
私のこの選択が間違いではなかったんだ、と思わせてくれる巡り合わせ。
本当にグッドタイミングだった。たまたま若い夫婦のご家庭が引っ越しをして、新規で一名の園児受け入れが可能になっていた。
そういう枠は毎年のようにすぐに埋まるんだけれど、私が電話をしたのがちょうど受け入れ態勢が整ったそのときだったんだって。
その電話で入園予約をしてすぐに園に行って受付をしてしまった。そしていつからでも、明日からでも大丈夫ですよと言われて、一瞬躊躇したけれどもその日はちょうど月曜日だったので、一週間後の月曜からにしてもらった。
明日から違う幼稚園に行くからね、では優もお友達とちゃんとお別れもできないし、今の園にだって話はしてあったけれど明日から来ませんでは驚くだろうし。
もちろん、優にはもう話していた。
阿賀野のお祖父ちゃんの家に引っ越して、その近くの幼稚園に通うことになるからねって。
嫌がられたらどうしようかと思ったけれどまったくそんなことはなくて、これからずっと阿賀野の家にいられるんだと思ったら嬉しくなったみたいで大喜びしていた。
ちょっとびっくりした。
訊いてみたら、どっちのお祖父ちゃんお祖母ちゃんも好きだけど、やっぱりあの不思議な形の家が面白いのと、やよいちゃんも陸もいるから向こうの家で過ごすときの方が優は楽しかったみたいだ。