第八回 ②
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前回のあらすじ
阿賀野陸、35歳 グラフィック・デザイナー。装幀家の父・阿賀野達郎の代理で出版社主催の文学賞受賞パーティに後輩の新宮花ちゃんと来ている。たくさんの作家さんや編集さんが集まるパーティは僕たちデザイナーにとっても営業の場。だから、新人デザイナーの花ちゃんの売り込みは大事な仕事だ。けど、今日はもうひとつ目的があるんだ。

越場さんが、やっぱり来ていた。
ラフな感じの黒のカジュアルスーツにこれもラフな水色のシャツにスニーカー。会社から仕事を切り上げてそのまま来ているんだろう。編集長ともなれば、こういう場でもかしこまった感じにしなくてもいいんだろうな。
グラスを持って誰かと談笑していたけれども、ボクの視線に気づいたようで話を切り上げて歩いてきた。
「陸くん。久しぶり」
「ご無沙汰してます」
うん、って頷く。
「何年ぶりかな」
「そうですね」
二年ぐらい会ってなかったかな。前に会ったのは、やっぱりパーティだ。あのときボクは受賞して映画化もされた本の、その映画のポスターの仕事をしていて、パーティに顔を出していた。そのときには鈴も会場に来てたっけ。
「さっき新宮さんも見かけたけど?」
「あ、今日はもう帰りました」
一通りは紹介しまくって雰囲気を堪能したら、後は何もないから現地解散。
「今日は鈴は?」
「あぁ、俺が出るときにはまだ仕事していたな。今日は来ないはずだよ」
担当している作家さんは来ないんだろうな。それでも大きな贈呈式には出られるようにするって聞いてるけど、仕事が立て込んでるのかな。
「達郎さんの代理?」
「そうなんです。また腰が痛くて」
「あー、そうか腰か。お大事にしてくださいって伝えておいて。まだまだ元気でいてもらわないと」
「伝えておきます」
昔から知ってるせいか、越場さんはいつ会っても変わりがないように感じる。もう五十を過ぎたはずだけど、その年齢の男性にしては常に若々しさを感じさせる。
今日はきっと越場さんにここで会えるだろうから、話をしたいなって考えていたんだ。
鈴のことを。