胸の辺りがもやもやする感覚があって、別に暴飲暴食した記憶もなかったけれど、胃薬を飲んだらしい。
「それでも治らなくて、時間が立つと痛痒いような感覚になってさ。その感じが左腕に拡がっていった」
「腕ですか」
「腕なんだよ左腕。怠いような重いような。そこで検索したんだ。胸焼けみたいな感覚と腕の痛みは何か関係があるのかって。そうしたら」
「心筋梗塞がヒットしたんですね」
「その通り。で、近くの循環器系の病院行って心電図取ったら先生が『動かないでください。今どうしてあなたが生きてるのかわからない。すぐに救急車を呼びます』ってさ。心臓専門の病院から救急車がやってきて運ばれちまった」
生きてるのがわからないって。
「心電図が余程ひどいものだったんですね」
「らしいね。だけど俺は元気だったんだよ。それなのにベッドに寝かされてとにかく絶対安静で動くな、トイレにも行くなって言われておむつまで穿かされて」
「マジですか」
「入院なんかしたのは生まれて初めてでね。貴重な経験をさせてもらった」
ボクも入院は経験したことないけど、元気なのにおむつっていうのはさすがに辛いかも。
「もう何ともないんですよね?」
「年一で検査してるけど、どこも正常だよ。心臓がちょっと弱ってる以外はね。弱ってると言っても日常生活には支障はないから」
それは本当に良かったけれども。
「ちょうどその頃だったんですよね。鈴の離婚がようやく成立して家に帰ってきたのは。越場さんが入院する何ヶ月か前だったかな」
頼んだ瓶ビールが置かれて、最初の一杯を越場さんのコップに注ぎながら言った。
「あぁ、そういえばそうだったか」
うん、って頷きながらコップで乾杯する。ビールは瓶ビールがいちばん旨いって言う人がいるけど、案外本当だ。瓶ビールを飲むといつもそう思う。
「越場さんが会社を早退して病院へ行ってそのまま入院してしまったって、鈴から聞いたんです」
鈴は顔色が悪く見えるほど、本気で心配していた。きっと病院へ駆け付けたかったに違いないけど。
「後から考えてそうだったんじゃないかなってボクが感じただけの話なんですけど、鈴はそのときに初めて意識したと思うんですよ」
「意識?」
「いや、どう表現したら的確かなぁ。気づいた、じゃないし、はっきりとその思いが自分の中で輪郭を取った、って感じなのかなぁ」
白でしかないものに、ボクらデザイナーはクリックひとつで鮮やかな色を付ける。赤でも青でも黄色でも。虹色にでも。
そんなふうに、鈴の心のうちにあった越場さんへの思いの形が色鮮やかに浮かんできたんだと思うんだよね。
ずっと前からあったものがはっきりと。
(つづく)
※次回の更新は、11月28日(木)の予定です。