「たくさんのフィルターを、気にしてます?」
「たくさん?」
「年齢差、今も一緒に働く部下と上司、離婚した者同士、尊敬してる阿賀野達郎の娘、などなどなど。ものすごく多くのフィルターが掛かっちゃってますよね越場さんが鈴へ向かう気持ちには。鈴のことを好きだ、と単純に認識するには多過ぎる」
 笑った。
 そうだな、って頷いて苦笑しながら、首を横に振る。
「何でこんな話をしているんだ、俺は。弟のりくくんと」
「ボクにはフィルターがないからですよ。阿賀野達郎の息子と鈴の弟っていうフィルターは、レタッチャーの第一人者で実は甥と従弟っていうフィルターで無効にされちゃってる」
 だから、単純に仕事仲間として、男同士として向き合える。そんな感じ。
「この先、どうなるんですか。鈴からは何も聞かされていないので、まさかあれっきりなのかって思ってるんですけど」
 ちょっと、考えるように眼を伏せた。それからまた煙草に手を伸ばして、取り出して火を点ける。
 ボクは煙草は吸わないけど、香りは好きだ。たぶん、父さんが若い頃は吸っていたせいだと思う。いつの間にか止めてしまったけれど、ワークスペースに漂っていた紫煙と香りは、幼い頃の思い出のひとつになっている。
「困ったな」
 煙を吐いて、言う。
「いや、困ってるんじゃないな。迷うでもないし。どうしていいかわからない、でもない。深く考えずに行動してしまったと言うといい歳して何やってんだと怒られるだろうし、そこまで軽くは考えていない」
 ボクを見て、ニヤッと笑った。
「言葉を扱う編集者という商売をしているくせに、いざこういうときに的確な言葉が見つからないというのは、どうしてなのかっていつも思うんだ」
「気持ちは、形になりませんからね」
 気持ちを言葉にするという作業は、とても難しいし、ボクは得意じゃないと思ってる。だから、視覚というグラフィックの仕事に就いて良かった。表現したいものをいつもきちんと形に、色に、込めていける。もっともボクが作り出した光景がそのまま他の人の視覚に届いているとは限らないんだけど。
「息子にも言われたんだ。あぁ、士郎しろうっていうんだけどな。武士の士におおざとの郎だ」
 士郎くん。良い名前だ。
「何てですか」
「いつでも部屋は出ていけるよ、と。どうせ卒業したら出ていくんだし、その前でも自分の家に帰ればいいだけだから気にしなくていいんだからね、ってさ」
 父親が再婚を考えているのなら、そうだろうね。
「息子に気持ちを慮ってもらえるなんて、なんて嬉しいことだろうなんて思ってしまったよ。子育てを放棄してしまった父親なのにな」
 溜息をついた。
「図りかねている、と言えば、年寄りらしいかな」
 図りかねている、か。
 勇気は子供や若者だけのものじゃない、って何かの小説で読んだことがある。

(つづく)
※次回の更新は、12月5日(木)の予定です。