第八回 ⑤
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前回のあらすじ
阿賀野陸、35歳 グラフィック・デザイナー。文芸誌編集長の越場さんに、僕の従姉で彼の部下の鈴と互いの子供も含めて食事会をしたのは、再婚を考えているからなのか確かめてみた。予想通り、年齢差、部下と上司、離婚した者同士、尊敬してる阿賀野達郎の娘という多くのフィルターが掛かっていて、図りかねているらしい。
「越場さん、うちの蘭の話は聞いてますよね。向こうの家から籍を抜いて実家に戻ってきたって」
うん、って頷く。
「向こうの家には、死んじゃった夫の晶くんの兄さんの翔さんと、弟の響くんがいるんです。翔さんは、偶然なんですけど離婚して自分の家に戻ってきちゃって」
知ってるよ、ってふうに小さく顎を動かして、紫煙を流す。
「二人とも、いい男なんですよ。真下家の三兄弟は三者三様ですけど、皆揃っていい男。無責任なひどい言い方ですけど、蘭はそのまま真下の家にいて、兄か弟かどっちかと再婚しても良かったんじゃないかって、ちょっとは考えてもいいぐらいに」
「そんなようなことを、鈴ちゃんも言っていたな」
「言ってました?」
「いや、そのままの表現じゃないが、お兄さんも弟さんもとてもいい人だからって」
そうなんだ。
「でも、結局というか、それがベターだろうなって感じですけど蘭は阿賀野蘭に戻って、これから新しい道を選んでいくんですよ。それでね」
越場さんは、ちゃんとした人だ。
こんな話をしてもきっとわかってくれるし、自分の胸の中だけにしまっておいてくれる。
「もしも、の話をしますけれど」
「もしも?」
「もしも、です。ボクも当然蘭が結婚を決めたときから真下家の皆さんと顔を合わせていて、その中の一人に、惚れちゃったら、としますよね」
惚れる? って小さな声で呟いて少し眉を顰めた。
「仮に弟の響くんにしましょうか。すっごく良い子なんですよ。一目で惚れてしまうぐらいに。そして向こうもボクを好きになってくれて、そういう関係になってしまったらとしたら」
「それは」
越場さんが、煙草をもみ消した。
「そのもしもの話は、弟の響くんが、陸くんと同じゲイだったという仮定の前提において?」
その通り。
「初めて会ったときからたぶんそうだろうなぁ、って思っていて。もちろん、彼はカミングアウトなんかしてません。家族ではお兄さんは気付いているかもしれませんが」
少し思い出すように上を向く。
「確か、翔くんは家業は継がずに会社勤めだったな」
「そうです。すごくフランクな人ですよ。けれどご両親は、そういうのにまるで免疫もないし、言い方はあれですけど理解もない方々で。実際ようやく慣れましたけど、ボクと話すときにはいまだに緊張していますから」
「蘭ちゃんの結婚のときに一悶着はなかったんだよね? そういう話は聞いてないから」
なかった、というか、ないことにしてくれた。