どうしてそういうことをまず親に言わないのお姉ちゃん。越場さんもいい年して何をしているの。
「越場さんが今日これから来るって、聞いてた?」
 お父さんが、少し眼を丸くして。
「聞いてないな。来るのか? さっきの電話はそうなのか」
「来るんですって」
 きちんと、説明しないと。
「そういう話をしたいから、ボクにも一緒にいてほしいって言ってたよ越場さん」
 ほう、ってお父さんが少し表情を変えて、お母さんは何だかちょっと微笑んだけど。
「聞いてた? そういう話になっているのって」
「いや、直接は聞いていないが、食事会もしたんだろうし、なぁ?」
 うん、ってお母さん。
「陸から、越場さんがそんなことを考えているって話は聞いていたし、ねぇ」
「まぁ近々そんな話になるんだろうな、とは思っていたが。そうか、来るのか」
 思っていたんだ。
 そして二人ともそんなふうに穏やかにしていられるってことは、どうぞ思うままにしてくださいって感じなんだ。
 そうか、二人の越場さんへの信頼感は、大きなものだったんだね。

 阿賀野あがの鈴 四十一歳 文芸編集部 編集

 そういう話をしたいから申し訳ないが一緒にご飯を食べてくれるか、と、越場さんが陸に電話する声が聞こえていた。
 そういう話。
 家族になるという話。
 私も、家で夕食の支度をしているであろう蘭に電話した。越場さんの分を追加しておいてって。らんが『え、それはどういうこと?』って、興奮した声を出していた。
「とにかく、お願いね。これから二人で会社を出るから」
 二人で会社を出ることは今までに何十回もあっただろうけど、家へ一緒に行くのは、もちろん初めて。
 あ、いや違う。
 あった。入社してすぐの頃だ。越場さんと同じ編集部への配属が発表されて、越場さんがお父さんに挨拶したいから一緒に行こうって、うちまで二人で帰った。そうだった。そんなことがあった。
「行ったな」
 社を出るときにその話をしたら、越場さんも笑って頷いた。
「そのとき担当していた単行本の装幀について打ち合わせもしたんだ」
「そうでしたね」
 むしろそれがあったからついでに、ということだったんだろうけど。
「そうすると、二回目になるのか。こうやって阿賀野家まで一緒に歩くのは」
 そういうことになりますね。
「歩きながらする話じゃないし、すぐに話せなくなると思うんだが」
 社から駅までの道々なら、並んで歩けば話はできる。でも、駅や電車の中は人でいっぱい。たぶん、そんなところでできる話じゃない。恥ずかしくてできるはずもない。
「いきなりで申し訳なかったが、総菜を食べる日があると聞いて、君たちと家族になってそんな時間を過ごす人生を送りたいと、強く感じてしまった。決めてしまったんだ」

(つづく)
※次回の更新は、2025年1月30日(木)の予定です。